15. 赤ちゃんドラゴン、ごはんを食べるの巻き

ドラゴンの赤ちゃん、拾いました

おばあちゃんがクローゼットを開けると、ユストは安心したように溜息(ためいき)()きました。
ユストは背負っていたリュックからすり(ばち)(にゅう)(ぼう)を取り出すと、()れた様子でイノンドをすり(つぶ)し始めました。
イノンドがすり潰される度に、部屋中に(さわ)やかな(かお)りが広がりました。ユストたちの国では、イノンドはハーブとしても重宝(ちょうほう)されているそうです。(ためし)に少し(もら)って口に(ふく)んでみると、(にが)みは(ほとん)どなく、ほんのりとした(あま)みが感じられました。葉や(くき)と違って、(たね)はピリリと(から)いのだそうです。
イノンドの香りに刺激(しげき)されたのか、赤ちゃんドラゴンはカゴから顔を出すと、クンクンと匂いを()ぎ始めました。ユストが赤ちゃんドラゴンの口元(くちもと)にスプーンを近づけると、少し匂いを()いから、素直(すなお)に口を開けました。

うっくん
赤ちゃんドラゴンの喉元(のどもと)にある()(のう)が大きく動きました。
うっくん
また(いち)(さじ)
うっくん

一口、二口と食べているうちに何日間も絶食(ぜっしょく)していたことを思い出したのか、赤ちゃん(ドラゴン)は夢中でイノンドを食べ始めました。一口飲み込んでは(つばさ)をばたつかせて次を催促(さいそく)します。

余談(よだん)ですが、()(のう)というのは鳥類(ちょうるい)によく見られる器官(きかん)で、食道(しょくどう)の一部が袋状(ふくろじょう)になったものです。鳥類(ちょうるい)などはこの中に食物を一とき的に(たくわ)えておき、少しずつ胃に送ることができます。よく()(のう)()(のう)混同(こんどう)する人がいますが、()(のう)は食物を(たくわ)えるだけ器官ですので消化(しょうか)機能(きのう)はありません。一方、()(のう)は胃の一部なので消化機能があります。鳥は意図的(いとてき)に小石や砂粒(すなつぶ)を飲み込んで()(のう)の中に()めておきます。胃が動くとこの小石や砂粒と食物(しょくもつ)()れて細かく(くだ)かれます。
ドラゴンは鳥ではありませんが、見た目が似ているだけに、体の仕組(しく)みにも共通した部分があるようです。

必死になって食べる(さま)を見ているうちに、リューイにはいつしか目の前のヘンテコな生き物が可愛らしく見えてきました。これがいわゆるブサカワというヤツでしょうか。
夢中になって見ているリューイがユストの腕をぐいぐい押すので、その度にイノンドがスプーンから(こぼ)れそうになります。
「おいおい、リューイくん、そんなに押すなよ。(こぼ)れるだろ。」
ユストは苦笑(くしょう)しました。リューイと触れ合っている腕から、健康(けんこう)清潔(せいけつ)な気が流れ込んできます。ときがゆったりと流れているように感じます。動物と子供に(かこ)まれて()ごす時間は、政争(せいそう)(つか)れた心を(いや)してくれるような気がしました。

やがて、赤ちゃんドラゴンはお腹がいっぱいになったのか、リューイがスプーンを近づけても口を開けなくなりました。ユストは眠たそうにこくりこくりと(ふね)()(はじ)めた赤ちゃんドラゴンの(くち)(はし)をタオルで(ぬぐ)ってやると、赤ちゃんドラゴンを()()こして、あやすように背中をポンポンと(たた)いてあげました。何度かそうしていると、赤ちゃんドラゴンがユストの胸の中で頭を二、三度振り、ゲプッと空気を吐き出しました。
どうやらドラゴンも人間と同じようにゲップをするようです。リューイは(みょう)なところで感心しました。赤ちゃんドラゴンのゲップは少しだけイノンドの匂いがしました。
ユスト(いわ)く、赤ちゃんは胃や食道は未発達(みはったつ)なので食べ物と一緒に飲み込んだ空気を上手(うま)()()すことができないそうです。だから、こうやって大人が胃の中に()まったガスを吐き出させてあげないと、食べた物をガスと一緒に(もど)してしまうそうです。
新米(しんまい)ママも()(さお)なユストのイクメン()りに、おばあちゃんは(いた)く感心しました。
「すごいわ、ユストさん!素晴(すば)らしいわ!なんて素晴(すば)らしいんでしょう!貴方(あなた)はきっと良いお父さんになりますよ!私が保証(ほしょう)します!」
大絶賛(だいぜっさん)(あらし)です。
「そうだといいのですが…」
(なお)()めちぎるおばあちゃんに、ユストは(ひか)()微笑(ほほえ)みました。
肉親(にくしん)(えん)(うす)いユストには自分が家庭を持つことなど想像(そうぞう)も付きませんでした。しかし、もしも結婚できるとしたら、相手は彼女しか考えられません。でもその女性(ひと)は…
――いけない、いけない。
ユストは(あわ)てて(かぶり)()りました。

しばらくすると、ユストの腕の中からすぴすぴという平和な寝息(ねいき)が聞こえてきました。どうやら眠ったようです。ユストがそっとカゴに戻すと、赤ちゃんドラゴンは(つばさ)の下に顔を入れて丸くなりました。心なしか顔付(かおつ)きも(おだ)やかになったように見えます。お腹も一杯になって安心したのかもしれません。
赤ちゃんドラゴンをカゴの中に(もど)したユストは、椅子の()(もた)れに(もた)れかかると、ほっと吐息(ためいき)()らしました。
おばあちゃんは赤ちゃんドラゴンをクローゼットの中に戻し、そっと(とびら)を閉めました。

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