17. 不老不死の薬

ドラゴンの赤ちゃん、拾いました

(あれ)が生まれてすぐに、()(くに)にドラゴンの血肉(けつにく)を求める悪党(あくとう)どもが潜入(せんにゅう)してきました。ドラゴンの血肉は万病(まんびょう)の薬として、ブラックマーケットでは高値(たかね)で取り引きされています。肉、皮、(うろこ)(きば)など体のありとあらゆる部位(ぶい)売買(ばいばい)の対象となりますが、(なか)でもドラゴンの心臓(しんぞう)不老(ふろう)不死(ふし)の薬として、(いっ)(こく)(あがな)えるほどの高値(たかね)がつきます。」
「なんてこと…」
おばあちゃんは絶句(ぜっく)しました。
「それって本当なの?」
(たん)なる迷信(めいしん)ですよ。」
淡々(たんたん)と語るユストでしたが、その一言に嫌悪感(けんおかん)(にじ)()ていました。
真偽(しんぎ)のほどは確かではありませんが、(わたくし)(なん)根拠(こんきょ)もない迷信(めいしん)だと思っています。」
ドラゴンを食べる人間がいるなんて、リューイには想像もつきませんでした。
「人間はどこまでも欲が深い生き物なのです。」
ユストの言葉におばあちゃんは大きく(うなず)いてみせました。
「ドラゴンの中でも(はく)(りゅう)血肉(けつにく)絶大(ぜつだい)美容(びよう)効果(こうか)があるとされており、一部の貴族(きぞく)の間で大変な人気を集めています。」
ユストは大きく息を吐き出すと、(あき)れたように手の平を上に向けてみせました。
やっと元気を取り戻した赤ちゃんドラゴンの姿を思い出して、おばあちゃんは強い(いきどお)りを感じました。
「私はこれほどまでに悪食(あくじき)をする生き物を他に知りません。すべての肉食(にくしょく)(じゅう)は生きるために他の動物を()りますが、必要のない殺生(せっしょう)はしません。しかし、人間は必要もないのに、他の動物を殺し続けています。この地上に人間より残酷(ざんこく)な生き物がいるでしょうか。」
おばあちゃんは(だま)って頭を振りました。
――僕の学校にも乱暴(らんぼう)な子や意地悪(いじわる)な子はいるけど、もっと(ひど)い人間がいるんだね… 知らなかった…
先程(さきほど)からおばあちゃんはユストの言葉に強い共感を示していましたが、小学生のリューイにはまだ人間がそれほど悪い生き物だとは思えませんでした。

「少し脱線(だっせん)してしまいましたね。話を(もと)に戻しましょう。」
ユストはお茶を一口(ひとくち)飲むと話を続けました。
悪党(あくとう)どもが領内(りょうない)侵入(しんにゅう)してきた目的は、母竜ではなく、生まれたばかりのあの子でした。体の小さな子竜でしたら簡単に(つか)まえられますし、運び出すのも簡単です。
私たちはいろいろと手を()くして奴等(やつら)から(あれ)を守ってきましたが、悪党(あくとう)どもはなかなか(あきら)めませんでした。当初(とうしょ)奴等(やつら)(あれ)を生きたまま()()るつもりだったようです。が、最初の目論見(もくろみ)が失敗に終わると、今度は呪術(じゅじゅつ)によって(あれ)(のろ)い殺そうとしました。殺してから国外へ運び出したほうが確実だと(さと)ったのでしょう。

奴等(やつら)が連れてきた魔術師(まじゅつし)はなかなかに強力な呪術を使う男で、我が国の魔術師たちが(たば)になって()かっても太刀打(たちう)ちできませんでした。お恥ずかし話ではありますが、私たちは結界(けっかい)を張って奴等(やつら)浸入(しんにゅう)を防ぐのが精一杯だったのです。その間も黒魔術師たちは昼夜(ちゅうや)を問わず絶え間なく結界の(ほころ)びを()いて侵入してこようとしていました。
数か月ほど、双方(そうほう)の力が拮抗(きっこう)する状態が続きましたが、やがて極度(きょくど)疲労(ひろう)とストレスにより白魔術師たちが()()ぎと倒れ始めました。(かろ)うじて(たも)たれていたバランスが(くず)れると、黒魔術師たちは結界内に一気(いっき)突入(とつにゅう)してきました。

(やつ)()突入(とつにゅう)と同時に、(わたくし)は女王の(めい)を受けて(あれ)を国外へと連れ出しました。それ以上、(あれ)を女王の(もと)においておくことは危険でした。奴等(やつら)の目的は竜の血肉であり、それによって()られる金銭(きんせん)であり、政治的な野望(やぼう)はありませんでしたので、(あれ)さえ近くにいなければ女王は安全なはずです。」
ユストは、混乱(こんらん)(うず)の中で最後に見た白魔術師たちの顔を一人一人思い浮かべました。(かれ)()脱出(だっしゅつ)するユストの(たて)となってくれたのです。
脱出する間際(まぎわ)(わず)かに生き残っていた白魔術師たちが最後の気力(きりょく)()(しぼ)ってユストに魔法をかけてくれました。ユストにはそれが何の(じゅつ)かわかりませんでしたが、気が付いたら見知らぬ土地に立っていたのです。
――すまない…
ユストは心の中で白魔導師たちに()びました。
(かれ)()安否(あんぴ)が気になりますが、今のユストにはそれを知る手立(てだ)てがありませんでした。

ユストは話を止めると、リューイをじっと見詰(みつ)めました。
「私が(あれ)を国外に連れ出した理由は二つです。一つは、女王が(あれ)を非常に愛していたおり、どうしても死なせたくなかったこと。そしてもう一つは、(たと)迷信(めいしん)に過ぎないとしても、(まん)(いち)にも悪人(あくにん)の手にドラゴンの血肉を渡さないようにするためです。」
「なんだかとんでもないことになっているのね…」
おばあちゃんはポツリと(つぶや)きました。小学生のリューイにはユストの話は少し(むずか)しくて、全部を理解することはできませんでした。
「この目の傷はそのときに()ったものです。」
ユストはそう言うと、リューイからは見えないように髪を()()げて見せました。
「この傷がお孫さんを(おどろ)かせないといいのですが。」
おばあちゃんは首を振りました。
「大変でしたのね。」
そして、(いた)わるようにユストの手を軽く(たた)きました。
「それはあなたの勲章です。あなたの外見(がいけん)を悪く言うような人がいたら、それは人ではありませんよ。人の(かわ)(かぶ)った悪魔(あくま)です。」
「さっきはごめんね…」
リューイは小さな声で(あやま)りました。
「最初、見たときはちょっとびっくりしたけど…もうびっくりしないよ。ごめんなさい。」
ユストはリューイの頭をわしわしと()でました。
「リューイくんが悪いわけじゃないから、気にするな。」
先程(さきほど)のことにはまったく(こだわ)っていなそうな様子に、リューイはほっとしました。
片目(かため)がないのは不便(ふべん)ですが、私はそんなに気にしていません。私たちの国では、天国に帰ったら、神様が元の五体満足な体に治してくれると言われています。」
ユストはおばあちゃんに微笑みかけました。
「あなたは神様からとても愛されていますのね。私にはわかりますよ。」
おばあちゃんはユストの強さがどこからくるのか、少しだけわかった気がしました。

しかし、リューイにはユストの傷よりも気になることがありました。
「ねえ、その悪党たちがここまで追い掛けて来ることはないの?大丈夫なの?」
リューイはユストがきっぱりと否定(ひてい)してくれることを期待しました。
「ありません、と言いたいところですが、残念ながら保証はできません。どこにいても100%安全ということはないのです。しかし、どうやらこちらは異世界のようですし、すぐに悪党どもがやってくることはないでしょう。今は()だこちらへ来る手段を模索(もさく)している段階ではないでしょうか。」
「異世界???」
「リューイくんには少し(むずか)しかったかな。異世界(パラレルワールド)というのは、ある世界と並行(へいこう)して存在(そんざい)する別の世界のことだよ。」
リューイの頭は混乱(こんらん)する一方(いっぽう)でした。

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