このお話を読んでいる良い子の皆さん、紹介が遅くなってすみません。私は物語の進行役 を務めます作家の小川せりと申します。ときどき、このようにしてお話の途中で顔を出しますので、以後、お見知りおきを。
このヘンテコな生き物を拾った男の子ですが、名前をリューイと言います。10歳になったばかりです。リューイはパパとママ、弟のフューイと一緒に町の中で暮らしています。一方、リューイのおばあちゃんは森の中の小さなお家に一人で住んでいました。
リューイはお母さんに頼まれて、おばあちゃんにパンを届けるところでしたが、途中でヘンテコな生き物を拾ってしまいました。困ったリューイはおばあちゃんにお願いすることにしました。
では、お話の続きをどうぞ。

白い山吹が咲き乱れるの小道を抜けると、赤い三角屋根の小さな家が見えてきました。あれがおばあちゃんのお家です。
おばあちゃんが住む小さな家には、サンザシの生垣に囲まれた小さな庭がありました。白い小さな門を押して庭に入ると、ラベンダーやスミレなどの色とりどりの花が咲く花壇があります。花壇と花壇の間には玄関へと続く小道が造られています。
玄関の周りには、おばあちゃんが好きな素朴な小さなバラが花を咲かせています。おばあちゃんは大輪の派手な花よりも小さな花を愛する人でしたから、この家に咲く花はどれもこれも小さな可愛らしい花ばかりでした。しかし、それらの花もおばあちゃんが寄せ植えすると、とても華やかに見えるのですから不思議です。この辺りでは、おばあちゃんのように園芸の才能がある人のことを昔から「緑の指を持つ人」と言います。
おばあちゃんご自慢の小さな庭は、見る人の目を楽しませると同時に心を落ち着かせる不思議な空間になっていました。お天気の良い日には、この庭で花を眺めながらお茶をするのがおばあちゃんの日課でした。
おばあちゃんの家のガラス窓は曇り一つなく、全てピカピカに磨きあげられ、家の中からは洗い立てのリネンの匂いと、なにやら甘い香りが漂ってきます。
リューイはワクワクしながら家の中を覗き込みました。が、奥の方にでもいるのか、窓からはおばあちゃんの姿は見えませんでした。
「おばあちゃん、開けて!」
リューイは大きな声で叫びました。
ヘンテコなの生き物が入ったカゴを抱えていたので、自分でドアを開けることができなかったのです。「おやまあ、リューイ!なんて、大きな声!今、開けるからちょっと待ってね。」
ややあって、ドアの向こうから、おばあちゃんの嬉しそうな声が聞こえてきした。
「早く、早く!」
リューイは一刻も早くおばあちゃんを驚させたくて堪りませんでした。やがて、ドアノブを回す音がして、丸顔の小柄な女の人が顔を出しました。
「おばあちゃん、これ見て!」
ドアが開くやいなや、リューイはそう叫んでおばあちゃんの顔の前に勢いよくカゴを突き出しました。
「あら、まあ!」
おばあちゃんの目がまんまるにして驚きました。リューイはおばあちゃんの反応に大満足です。
「スゴイでしょ?!森の中で拾ったんだよ!」
「森の中で?!」
おばあちゃんは、しげしげとカゴの中をのぞきこみました。
「この子は、生きているのかしら?」
おばあちゃんにそう言われて、リューイがカゴの中を見ると、灰色の生き物はくたっとしたまままったく動いていませんでした。
リューイはちょっと不安になりましたが、不安を打ち消すように大きな声で言いました。
「うん、生きてるよ!だって、さっきまでミュウミュウって鳴いてたもん。きっとお腹が空いているんだよ!」
そう言ったとたん、リューイのお腹がグーと鳴りました。
「ほほほほ、お腹が空いているのはこの子だけじゃなさそうね。さあさあ、中に入って!たった今、クッキーが焼けたばかりなのよ。なんだか今日はリューイが来るような気がして、朝からクッキーを焼いて待っていたの。」
おばあちゃんは、リューイの頭をなでるとリューイとヘンテコな生き物を家の中へと招き入れました。
家の中に入ると、暖炉には火がくべられていました。初秋でしたが、おばあちゃんには肌寒く感じられたのかもしれません。走ってきたリューイは寒さなどまったく感じませんでしたが、薪が燃える匂いはリューイを「幸せの家に帰ってきた」という気持ちにさせてくれました。
暖炉の前には、猟師のゼッペさんが倒した巨大な青色オオカミの毛皮が敷かれています。リューイがまだ赤ちゃんだった頃は、その毛皮の上によく寝かされたものでした。
今でも暖炉の前はリューイの特等席で、お風呂上りにはパンツ一丁でゴロゴロするのが大好きです。

リューイはすぐにテーブルにヘンテコな生き物が入ったカゴを置きました。乱暴に置かれた勢いで、ヘンテコな生き物は首をガクガクと揺らしました。しかし、リューイはそのことに気が付きません。なんだか今日はすごくたくさん働いたような気がします。お腹がペコペコです。
「リューイ、そんなに乱暴に置いてはダメよ。可哀想に、首がもげそうになっているわよ。」
おばあちゃんは優しくリューイをたしなめましたが、リューイの頭の中は既にクッキーのことで一杯でした。
「おばあちゃん、すごく美味しそうな匂いだね!」
おばあちゃんの家の匂いは、いつだってリューイを落ち着かせ、幸せな気分にしてくれます。しかも、おばあちゃんが作るお菓子はその辺のお菓子屋さんに負けないくらい美味しいのです。
「はい、はい、わかりましたよ。」
おばあちゃんは苦笑すると、すぐに焼きたてのクッキーとミルクを持ってきてくれました。

リューイは右手にクッキーを掴んだまま、左手でヘンテコな生き物の入ったカゴを引き寄せました。そして中をのぞきこむと、おばあちゃんに質問しました。
「この子は、あかひゃんなの?」
口の中にクッキーがいっぱい入っているので、上手くしゃべることができません。
「リューイ、口の中に食べ物が入っているときは、しゃべってはいけないと言っているでしょう。」
「ふぁーい」
リューイはミルクの入ったカップを引き寄せると、一気に飲み干しました。
「ふう~」
コップをテーブルに戻すと、満足そうに息を吐きます。そして、口の周りについたミルクを手で拭います。おばあちゃんと一緒にいると、いつもよりちょっとお行儀が悪く、我儘になってしまうのはなぜでしょう。
改めてカゴの中を覗き込むと、ヘンテコな生き物はなんだか眠たそうでした。
「この子は赤ちゃんだから、眠ってばかりいるの?」
リューイは弟のフューイを思い出しました。フューイはまだ、赤ちゃんなので眠ってばかりいるのです。
「多分、そうね。それに少し弱っているのかもしれないわね。何か食べさせたほうがいいのかしら。」
おばあちゃんはそう答えました。
美味しいおやつを食べてご機嫌になったリューイは、鼻歌を歌いながら、テーブルの上に身を乗り出しました。
「クッキー、食べるかな?」
リューイは試しに食べかけのクッキーを、ヘンテコな生き物の口に押し付けてみました。ヘンテコな生き物は頭をもたげて匂いの元を探していましたが、口は開きませんでした。
「固くて食べられないのかな?」
リューイはクッキーをミルクに浸してから、もう一度、ヘンテコな生き物の口にクッキーを近づけてみました。しかし、それでもヘンテコな生き物は口を開こうとはしませんでした。
「クッキーは好きじゃないのかな?こんなに美味しいのに。」
リューイは残念そうに呟きました。
「人間と同じ物は食べないのかもね。」
おばあちゃんが答えます。
「おばあちゃん、この子は何を食べるのかな?なんていう動物かな?」
リューイはおばあちゃんに質問しました。
おばあちゃんは首に下げていた眼鏡を掛けると、しげしげとヘンテコな生き物を観察しました。そして、暫し頬に手を当てて考え込んでいましたが、やがて少し戸惑いながらも口を開きました。
「もしかしたら、この子は竜の赤ちゃんじゃないかしら…」
「ええっ!竜の赤ちゃん?!」
想像もしていなかった答えに、リューイは食べかけていたクッキーを危うく喉に詰まらせるところでした。
「ええ、よくわからないけど、そんな気がするわ。」
そう言ったおばあちゃん自身も、信じられないというような顔をしていました。
「竜…」
リューイは呆気にとられておばあちゃんを見上げました。
「間違いないわ…きっと、そうよ。」
おばあちゃんは一人で呟いて、一人で頷いています。
「それにしても、いったいどこから来たのかしら…」
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