13. 豆ジジイ

ドラゴンの赤ちゃん、拾いました

ゴトッ
おばあちゃんは今朝、()ったばかりの豆と大きな(はち)をテーブルの上に置きました。これから、この豆で栄養たっぷりのスープを作るつもりです。年寄りの一人暮らしなので野菜しかありませんでしたが、貯蔵庫(ちょぞうこ)をくまなく探したところ、小さなベーコンの(かたまり)を見つけました。これを細かく切ってスープに入れば、育ち盛りの子供のお腹も満たされるでしょう。
魚の出汁(だし)煮干(にぼ)しから取りますが、肉の出汁(だし)はベーコンから取るのが料理の鉄則(てっそく)です。ベーコンは味に深みを出したいときに使いますが、煮干(にぼ)しのように出汁(だし)を取った後、(なべ)から取り出さなくて()みますし、そのまま食べられます。とっても便利(べんり)食材(しょくざい)なので、おばあちゃんは肉が手に入ったときには必ずベーコンを作るようにしています。

ミュウは暖炉の前で一足先に食事を始めています。乾燥(かんそう)イノンドをもらってご機嫌(きげん)でした。
ポリポリ、カリポリ
――♪ 
新鮮なイノンドには(かな)わないでしょうが、それでもたまに食べる乾燥(かんそう)イノンドはなかなか(おつ)なようです。
リューイもおばあちゃんにずっと泊まれるとあって、すっかりご機嫌(きげん)です。おばあちゃんも突然の孫とドラゴンの出現(しゅつげん)に家の一気(いっき)(にぎ)やかになってご機嫌(きげん)です。
ちなみにおばあちゃんは豆を用意している間にキッチンの窓からお手紙(てがみ)(どり)さんに手紙の配達をお願いしていました。(とど)(さき)はもちろん、リューイのママです。今頃はママもリューイの居場所(いばしょ)がわかって安心していることでしょう。お手紙の中でおばあちゃんはリューイをしばらく(あず)かる(むね)を伝えました。いたずら(ざか)りの男の子が1人()れば、ママも少しは休めるでしょう。

おばあちゃんは無駄(むだ)のない動きで、どんどん(さや)から豆を取り出していきます。あっという間に、ツヤツヤとした豆の山が出来ました。なんだか楽しそうです。魔法のようなおばあちゃんの手の動きに(さそ)われて、リューイもお手伝いをしたくなりました。
 リューイがお手伝いを買って出ると、おばあちゃんはまだ()いていない豆をリューイの前にドサッと置いてくれまいした。
「はい、お願いね。」
リューイ豆を飛ばしたり落としたりしないように、慎重(しんちょう)に豆を()き始めました。ときどき(さや)が茶色く変色している豆がありましたが、中身は茶色くなっていないこともありました。一粒一粒、(さや)から取り出して確認してみないことには、食べられるか食べられないかわかりません。リューイは茶色くなっている豆を指で押しました。ムニュっと嫌な感触がして、中から何かが出てきました。
「うわっ!」
リューイは(あわ)てて豆を、(ほう)()しました。中から出てきたのは豆ではなく、黒い頭の()いた白い体の生き物でした。
「あら、やだ。豆ジジイだよ」     
おばあちゃんは(そば)にあった新聞を素早(すばや)く丸めると、豆ジジイに向かって思い切り()()ろしました。
「おっと、いけねぇ。豆を()うのに夢中(むちゅう)になって、つい油断(ゆだん)しちまった。」
豆ジジイと呼ばれた生き物はそう(つぶや)くと、ヒョイと片足を上げておばあちゃんの渾身(こんしん)一撃(いちげき)(なん)なく(かわ)しました。一瞬、イモムシのように見えた生き物は、よく見ると黒い髪に白い服を着た小さな人間でした。体中に緑色のドロドロしたものがこびり付いています。
「これだから豆ジジイは、(いや)だよ。」
ちっ!
おばあちゃんは小さく舌打(したう)ちをすると、再び、新聞を振り下ろしました。
「ちょっ、ちょっと、おばあちゃん!」
リューイは(あわ)てておばあちゃんの腕にしがみつきました。
「ちょっと、待ってよ!ねぇ、この人、人間なんじゃないの?」
「なにが人間なものかいっ!豆ジジイは害虫(がいちゅう)なのさ。豆は()うし、花は()うし、農作物は枯らすし、生かしておいてもいいことはないよ。」
「フンッ!」
おばあちゃんは鼻息(はないき)荒く()(はな)つと、目にも()まらぬ速さで第二打(だいにだ)を振り下ろしました。第一打よりもはるかに威力(いりょく)のありそうなそれを ―当たっていたら、間違いなく死んでいたでしょう― 豆ジジイはヒラリと(かわ)すと、おばあちゃんに向かって
「奥さん、この(ぼっ)ちゃんの()(どお)りでっせ。あっしら、小さいけど、あんた(がた)と同じ人間でっせ。」
と言いました。
「よくもまあ、ずうずうしいっ!」
豆ジジイの一言は、おばあちゃんの怒りに油を(そそ)ぎました。
バシン!
今度は間違いなく仕留(しと)めたようです。おばあちゃんはそっと新聞紙を持ち上げました。リューイは(こわ)(もの)()たさで(おそ)(きょう)る新聞紙の下を(のぞ)()みました。しかし、そこに豆ジジイはいませんでした。
「アカンベー」
いつの間にかテーブルの(はし)移動(いどう)していた豆ジジイは、おばあちゃんに向かって舌を出すと素早くリューイの(そで)の下に(もぐ)()みました。
「ギャッ!」
リューイは気持ち悪さに思わず椅子(いす)から飛び上がってしまいました。もう少しで豆ジジイに手が()れてしまうところでした。豆ジジイに(さわ)られるのは嫌ですが、かといって、豆ジジイが目の前で(つぶ)されるのを見るのも嫌です。リューイは中途半端(ちゅうとはんぱ)に腰を浮かしたまま(かた)まってしまいました。
「まったく、忌々(いまいま)しいったらありゃしない。あたしが大切に育ててきたバラの(つぼみ)を、全部、食べたのはおまえさんだろ。わかっているんだよ。」
――おばあちゃん、すごく怒ってる…. そして、声がめちゃめちゃ低い。話し方も別人みたいだ。
リューイは思いました。今、目の前にいるこの人は誰なのでしょう?リューイの知っている優しいおばあちゃんとは別人(べつじん)みたいです。舌打(したう)ちをするおばあちゃんなんて初めて見ました。何よりもおばあちゃんがあんなに素早(すばや)く動けるなんて今の今まで知りませんでした。まるで知らない人みたいです。お母さんもそうですが、女の人は時々、別人みたいになります。女の人って(こわ)いな…とリューイは思いました。

さて、リューイが初めて目にした豆ジジイですが、森に住む人たちにとって豆ジジイはけして(めずら)しくない生き物でした。豆ジジイの正式な学名(がくめい)は「トーキョー・マメクイ・ヒョイヒョイ・ヒトマネ・ハゲジジイ」と言います。頭に「トーキョー」と付くのは、豆ジジイを発見した人がトーキョーさんという名前だったからです。しかし誰も正式な学名で呼ぶ人はおらず、簡単に「豆ジジイ」と呼ばれていました。その名が表す通り、豆ジジイの好物は豆ですが、柔らかい新芽(しんめ)や花の(つぼみ)なども好物(こうぶつ)です。こう見えても、豆ジジイはなかなかのグルメなのです。いえ、グルメというのは少し語弊(ごへい)があるかもしれません。豆ジジイは――有体(ありてい)に言えば、()()らかしの名人(めいじん)です。作物(さくもつ)の美味しいところだけをちょっとずつ(かじ)るので、森やその周辺に住む人達にはとても嫌われていました。しかも、豆ジジイの唾液(だえき)には非常に多くの雑菌(ざっきん)が含まれているため、豆ジジイに少しでも(かじ)られた植物はたちまち()れてしまうのです。

豆ジジイも自分が人間に嫌われていることを充分(じゅうぶん)承知(しょうち)しているので、滅多(めった)人前(ひとまえ)には姿を(あらわ)しません。しかし、今日のようにうっかり人間に見つかってしまったときは、人間のふりをして身を守ろうとするのです。
また、豆ジジイは頭が良いので、テントウムシを()した自作(じさく)甲羅(こうら)(かぶ)ることもあります。テントウムシは良い虫、益虫(えきちゅう)として人から大切にされているので、テントウムシに()けていれば人間に駆除(くじょ)されません。それを見越(みこ)して、豆ジジイはテントウムシのふりするのです。
このような行動は擬態(ぎたい)と呼ばれ、自然界(しぜんかい)ではよく見られる行動です。しかし、(だま)されてはいけません。あの手、この手で人間を(だま)す豆ジジイの本来(ほんらい)姿(すがた)はイモムシなのです。みなさんは、()でた豆の中にときどき白いイモムシが入っているのを見たことはありませんか?あれは逃げそびれた豆ジジイの()れの()てです。

さて、その後、豆ジジイがどうなったと言いますと、最終的にはおばあちゃんに捕まって虫カゴに入れられてしまいました。リューイがおばあちゃんを止めてくれたのお(かげ)(たた)(つぶ)されずにすみましたが、当分(とうぶん)、カゴから出してもらえそうにありませんでした。おばあちゃんはリューイが見ていないときにで豆ジジイに殺虫剤(さっちゅうざい)をかけて始末するつもりでした。
虫カゴに閉じ込められた豆ジジイは、リューイたちの前でこそ殊勝(しゅしょう)様子(ようす)でしたが、(じつ)は少しも反省していませんでした。少しは反省していたら、おばあちゃんも殺虫剤をかけようなんて思わなかったかもしれません。
豆ジジイはリューイたちが寝静(ねしず)まると、(ひそ)かにお友達の小金(こがね)(むし)*を呼び出しました。小金(こがね)(むし)小金持(こがねも)ちでしたが、いつも、もっとお金が欲しいと思っていました。ですから、どんな仕事も(ことわ)ったことがありませんでした。皆から嫌われている豆ジジイの依頼(いらい)だって、喜んで引き受けます。小金虫は暗闇(くらやみ)(まぎ)れて豆ジジイを背中に乗せて逃げました。何はともあれ、そんなお友達がいたお(かげ)で豆ジジイは見事(みごと)、虫カゴから脱出(だっしゅつ)することができました。

翌朝、リューイが虫カゴを見てみると、(ふた)が開いており、中はもぬけの(から)でした。よく見ると、(ふた)(はし)っこがノコギリのようなもので小さく切り取られていました。リューイはそれを見て、やっぱり豆ジジイって(にく)たらしいと思いました。一方で、気持ちの悪い生き物がいなくなってくれてほっとしたのも事実(じじつ)でした。

フルギヤ国の市街(しがい)地は普通(ふつう)の人間と普通の動物たちが住んでいました。しかし、おばあちゃんが住む森は市街地(しがいち)とは(こと)なる異空間(いくうかん)で、人間の言葉を話す生き物が数多(かずおお)生息(せいそく)しています。森と町の間には、目に見えない境界(きょうかい)(せん)があって、その境界線の()こうは人知(じんち)()えた世界となっていました。そして境界線の反対側、つまり、町ではすべてが人間の理解(りかい)支配(しはい)(もと)にあるのでした。

ユストたちが異空(いくう)を超えてこの森に(あらわ)れたのも、その(へん)に理由があるのかもしれません。

*注:小金(こがね)(むし)と同じカネ科の仲間で黄金(こがね)(むし)という虫もいますが、黄金虫のほうは大金持(おおがねも)ちです。

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