その日の朝、いつもはなかなか起きないリューイが早起きをしたので、朝食の準備をしていたお母さんはお玉を持ったまま目を丸くしました。
お父さんは読んでいた新聞から目を上げると、「今日は雪が降るかもしれないな」と言って笑いました。リューイは、お父さんに「雪が降る」とはどういう意味なのかと質問しましたが、お父さんは笑うばかりで答えてくれません。今日は学校も会社もお休みなので、みんなのんびりしています。
リューイはテーブルに着きながら、お母さんに「朝ご飯を食べ終わったら、おばあちゃんの家に行ってもいいか」と訊ねました。森の中にはお店が一件もないので、おばちゃんに必要な物を届けるのはリューイの役目でした。
お母さんは少し考えた後、おばあちゃんにミルクと小麦粉とバターを届けてくれるなら行ってもいいと言ってくれました。しかし、「今日は必ず明るいうちに帰ってくるのよ」と一言、付け加えるのを忘れませんでした。言いつけを守らなかったら、今度こそ晩御飯抜きにされてしまいそうです。
朝ごはんを食べ終わると、リューイは早速、森へ行く準備を始めました。お菓子がいっぱい入ったリュックを背負い、虫カゴを首から下げ、右手に虫取り網、左手にはミルクや小麦粉が入ったカゴを持っています。
「なんだかすごい格好ね」
フューイを抱っこしたお母さんが、笑いながらリューイを送り出しました。
「おばあちゃんによろしくね」と言い掛けたお母さんは、急に思い出したように、今日は、カゴをちゃんと持ち帰るようにと言いました。
――あっ!忘れてた!
お母さんに言われるまで、リューイはカゴを森に置いてきたことなどすっかり忘れていました。昨日はドラゴンの赤ちゃんのことで頭がいっぱいで、それどころではありませんでした。くるみパンが入ったカゴをどこで失くしたのか、リューイには見当も付きませんでした。
――や、やばい…
リューイは、内心、焦りましたが、なにくわぬ風を装いました。
「うん、わかった。」
見つけられる確信もないまま、リューイは答えました。
「必ず持って帰ってきてね。あれがないと困るのよ。」
リューイのことならなんでも知っているお母さんは、吹き出しそうになるのを堪えながら真面目な顔で言いました。どうやらリューイが道草の途中でカゴを失くしたことはお見通しのようです。
「うん…」
リューイは小さな声で応えました。
――見つかるかな…
「じゃあ、行ってくるね。」
リューイは不安を打ち消すように、明るく手を振って出掛けました。
「いってらっしゃい」
お母さんは抱っこしたフューイの手を持って振りながら言いました。フューイも「ウ~、ウ~」と言っています。「いってらっしゃい」と言っているつもりなのかもしれません。
「いい子にお留守番してるんだぞ。大きくなったらお兄ちゃんが森に連れて行ってあげるからね。」
一人前に兄貴風を吹かせると、リューイはフューイの頭をそっと撫でました。
家を出ると、お隣の塀の上に猫のベニーが寝そべっているのが見えました。リューイが近寄ると、ベニーはお腹を撫でてもらおうとして仰向けになりました。リューイは背伸びをして塀の上のベニーをなでてあげました。指の先にベニーの6つのおっぱいが触れます。ベニーはつい最近まで子猫を育てていたので、おっぱいが少し膨らんでいるのです。しかし、ベニーの3匹の赤ちゃんは、全部、他所に引き取られてしまったので、可哀想なベニーにはおっぱいを飲ませる赤ちゃんがいませんでした。
「そうだ!」
リューイは閃きました。ベニーのおっぱいを赤ちゃんドラゴンに飲ませたら良いのではないでしょうか?
「ベニー、おいで。一緒に森に行こう。」
リューイはベニーに話し掛けました。ベニーは「にゃーん」と返ことをしましたが、リューイの後をついてこようとはしませんでした。
「ベーーニィー」
リューイはとっておきの優しい声で呼んでみました。いわゆる猫撫で声というやつです。ベニーは、今度は尻尾をフサァと2、3度振ってくれましたが、やはり降りてくる様子はありません。
「どうしたらいいかな。」
リューイは考えました。そしてちょっと迷ったすえ、ベニーをリュックに入れて森に連れて行くことにしました。リューイは塀の側にある大きな石の上に乗ると、動こうとしないベニーを塀から抱え降ろしました。リューイに抱っこされたベニーは遊んでもらえると思ったのか、期待に満ちた目でリューイを見詰めています。
このベニーというメス猫はとても大人しくて、人懐こい猫でしたので、リューイがベニーをリックに入れてもにゃんとも言いませんでした。リューイはリュックの口を緩くして、ベニーがリュックから顔を出せるようにしました。
リューイはベニーが嫌がらないので、ベニーも森に行きたいのだろうと自分に都合の良いように考えました。
「これでよし!」
ずっしりと重たくなったリュックを背負うと、リューイはたくさんの荷物を持ってヨロヨロと森へと向かいました。


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