18. 竜の契約者を訪ねて三千里

ドラゴンの赤ちゃん、拾いました

「私たちは(あれ)()()びられそうな場所を探して半年間旅をしました。そしてやっとこの国の一角(いっかく)(あれ)が生き延びられそうな場所を見つけました。ここには綺麗(きれい)な水も豊富に()()ていますし、イノンドも自生(じせい)しています。(ドラゴン)を食べようなどという野蛮(やばん)な人種もいません。」
リューイはこくこくと(うなず)きました。
「そこで私はこの森の小川に(ほとり)(あれ)を置いて、誰かが拾ってくれるのを待ちました。理由はよくわかりませんが、女王がそうするようにとおっしゃったからです。女王は夢を見る人でもありますので、おそらくは啓示(けいじ)か何かを受けたのでしょう。」
ユストの表情からは、女王に対する()るぎない信頼が見てとれました。
女王が夢を見るようになってから、もう何年も()つでしょうか。スクエアード公国(こうこく)は女王の予知夢(よちむ)によって何度も危機(きき)から救われてきました。最初は半信半疑(はんしんはんぎ)だった(まわ)りの人たちも、今では誰も女王の夢を疑っていませんでした。女王の夢が外れるとしたら、それは女王を信じない者が自分に都合(つごう)に良いように解釈(かいしゃく)()()げたり、(うたが)いの気持ちから素直(すなお)に従わないときだけでした。
「私は(あれ)の周囲に結界(けっかい)()り、悪者が近づいたらすぐにわかるようにしておきました。しかし、ちょっと目を離した(すき)何者(なにもの)かがあっさりと結界内に侵入し、(あれ)を連れ去ってしまったのです。ですから、あれがここに()ると知ったときは、どんなに安心したことか…」
ユストはそう言って胸を()()ろしました。

リューイは自分が結界内に簡単に浸入できたのは、赤ちゃんドラゴンを助けたいという強い思いがあったからだと思いました。
「あれっ、そういえば、妖精さんたちがいないよ。」
ユストの話を聞いていたリューイは、そこで突然、妖精たちがいないことに気が付きました。
「ああ、キキとリンですか?あの二人なら、先程(さきほど)、猫に追いかけられて、隣の部屋に逃げて行きましたよ。」
ユストは何でもないことのように言いました。ちょうどそのときです。キキとリンが二人の前を右から左へと飛んでいきました。
キャー
バタバタバタ
ベニーは二人を追い掛けながら、何度もジャンプしています。
「ええっ!助けなくていいの?!」
驚いたリューイが思わず聞き返すと、ユストはお茶を飲みながら平然(へいぜん)とと答えました。
「彼女たちでしたら、心配ありません。」
キャー
バタバタバタ
今度は左から右へと、二人と一匹が移動していきます。
――なんだかなあ…

ユストは釈然(しゃくぜん)としない様子のリューイを話に引き戻しました。
「それよりも、リューイくん」
「あなたに(あれ)(たく)しますので、できれば彼を別の場所に移してください。奴等(やつら)がこちらの世界まで追ってくるとしたら、まず初めにこの森を捜索(そうさく)するでしょう。(やつ)()の目を(あざむ)くのです。私も国に帰る道すがら、(いた)(ところ)目眩(めくら)ましを仕掛(しか)けて(やつ)()を混乱させるつもりです。」
「うん、わかった。僕、ちゃんとあの子を守ってみせるよ。」
リューイは()っすぐな(ひとみ)でユストを見詰めました。
「ありがとう、リューイくん。」
ユストも()っすぐにリューイを見詰め返しました。
――時間を(かせ)いでいる間に、(あれ)が少しでも成長して強くなるといいのだが…
「いざとなったら、俺もすぐに()()けるからな。」
そうは言ったものの、再びここに戻ってこられるという保証はありませんでした。そもそも、スクエアードに帰る方法さえわからないのです。それでもユストはこの国に赤ちゃんドラゴンをおいていくつもりでした。
――それにまだ、(やつ)()が必ずここに現れると決まったわけではない…
異世界に飛ばれたことで、奴等から永遠に逃れ切れた可能性もあります。――いや、それはないだろう。奴()のことだ。今頃はきっと…

「ねえ、ねえ。」
考え込んでいるユストの(そで)をリューイがくいくいと引っ張りました。
「なんですか、リューイくん。」
「あのさ…あの子ってしゃべれる?」
突然の質問にユストは戸惑(とまど)いました。
「えっ?」
「あのね、ずっと気になっていたんだけど…あの子ってしゃべれる?」
「え、ええ…(あれ)はしゃべれますよ。」
どうやらリューイはユストとはまったく違うことを考えていたようです。
「話せるというよりも、正確には(あれ)は人間とコミュニケーションをとることができます。人間の感情も読み取れますし、自分の感情を伝えることもできます。()れてくれば、問題なく意志の疎通(そつう)ができるでしょう。」
「やっぱりそうなんだ!」
ユストの言葉にリューイは思わず大きな声を上げました。
「だってさ、僕さ、あの子を小川で見つけたとき、拾ってくださいっていう声を聞いたんだよ!」――この子が(あれ)()約者(スター)だ!
女王は契約者(マスター)だけが(あれ)と会話できると言っていました。女王は生まれながらにしての上級ドラゴンマスターだったため、どんな(ドラゴン)(なん)なく会話ができましたが、通常、竜と人間は意志の疎通がはかれませんでした。
――ということは、彼は自分の契約者(マスター)をちゃんと見つけたのだ!
ユストの体に軽い電流が走りました。
「きっと(あれ)はリューイくんに拾ってもらいたかったのですよ。リューイくんは(あれ)に選ばれたのですから、自信を持ってください。」
ユストはリューイの手を(にぎ)り締めました。
「そっかあ、ぼくは選ばれたのかぁ。なんだか、(うれ)しいな。」
リューイは照れくさそうに笑いました。
――私の直感は外れていなかった…
ユストは自分の判断が正しかったことを知り、ほっとしました。
「ところでさあ、あの子に名前はないの?」
リューイはユストに素朴(そぼく)な質問をぶつけました。
「名前はあります。彼が卵から(かえ)ったときに、父親が彼に名前を付けました。しかし真名(まな)は命と同じくらい大切ですので、無闇(むやみ)に人に明かすことはできません。真名(まな)を知ってよいのは、彼の家族と女王だけです。」
「ふ~ん、そうなんだ。」
――なんかよくわからないけど、いろいろな決まりがあるんだね。
リューイは少し考えこみました。初めて聞くことばかりですし、よくわからない言葉も多くて頭が付いていきません。それにしても、名前がないのは困ります。
リューイが悩んでいると、ユストがこう提案しました。
真名(まな)とは別の名前を彼に付けてみてはどうでしょうか?」
「えっ、いいの?!」
驚くリューイにユストは優しく頷きました。
「じゃあ、ミュウっていう名前はどうかな。ミュウ、ミュウって鳴くからミュウ。」
少し考えてから、リューイは少し自信なさそうに言いました。赤ちゃんドラゴンのお父さんは、きっともっと長くてカッコいい名前を付けたに違いありません。
「いいと思いますよ。」
ユストは優しく微笑みました。

二人の会話が一段落(ひとだんらく)ついたところで、おばあちゃんが口を(はさ)みました。
「ユストさんのお話は本当にびっくりすることばかりですね。年寄りは目を回しそうですよ。」
本音を言えば、混乱しているのではなく、強い不安に()らわれていたのですが、それは口にしませんでした。世の中の()いも甘いも()()けてきたおばあちゃんにとって、ユストの話には何一つ楽観(らっかん)できる要素(ようそ)がありませんでした。残念ながら、この世には自分の欲望のためには平気で人を傷つける(やから)大勢(おおぜい)います。そういう手合(てあ)いには、ユストたちが大切にしている「正義」や「弱者(じゃくしゃ)を助ける」といった精神はまったく通用(つうよう)しないのです。
だからといって、おばあちゃんには赤ちゃんドラゴンを(ほう)()すという考えはまったく浮かびませんでした。
――いざとなればなんとかなるわ。わたしだってまだまだやれますよ!
おばあちゃんは大丈夫(だいじょうぶ)というように、ユストに(うなず)いてみせました。
――()()んでしまって申しわけない…
ユストは(だま)っておばあちゃんに頭を下げました。罪悪感(ざいあくかん)がないと言えば(うそ)になりますが、竜の子は(すで)にリューイを選んでしまったのです。女王が見た夢も、リューイが結界内に易々(やすやす)と浸入できたことも、すべてがこの二人の不思議な(えにし)を示していました。
また、今のスクエアードの政治(せいじ)情勢(じょうせい)(かんが)みても、(あれ)をここに残していく(ほか)選択肢(せんたくし)はありませんでした。動き出した運命の歯車(はぐるま)は、誰にも止められませんでした。
リューイたちにはまだ話していないことも二人の会話が一段落(ひとだんらく)ついたところで、おばあちゃんが口を(はさ)みました。

「ユストさんのお話は本当にびっくりすることばかりですね。年寄りは目を回しそうですよ。」

本音を言えば、混乱しているのではなく、強い不安に()らわれていたのですが、それは口にしませんでした。世の中の()いも甘いも()()けてきたおばあちゃんにとって、ユストの話には何一つ楽観(らっかん)できる要素(ようそ)がありませんでした。残念ながら、この世には自分の欲望のためには平気で人を傷つける(やから)大勢(おおぜい)います。そういう手合(てあ)いには、ユストたちが大切にしている「正義」や「弱者(じゃくしゃ)を助ける」といった精神はまったく通用(つうよう)しないのです。

だからといって、おばあちゃんには赤ちゃんドラゴンを(ほう)()すという考えはまったく浮かびませんでした。

――いざとなればなんとかなるわ。わたしだってまだまだやれますよ!

おばあちゃんは大丈夫(だいじょうぶ)というように、ユストに(うなず)いてみせました。

――()()んでしまって申しわけない…

ユストは(だま)っておばあちゃんに頭を下げました。罪悪感(ざいあくかん)がないと言えば(うそ)になりますが、竜の子は(すで)にリューイを選んでしまったのです。女王が見た夢も、リューイが結界内に易々(やすやす)と浸入できたことも、すべてがこの二人の不思議な(えにし)を示していました。

また、今のスクエアードの政治(せいじ)情勢(じょうせい)(かんが)みても、(あれ)をここに残していく(ほか)選択肢(せんたくし)はありませんでした。動き出した運命の歯車(はぐるま)は、誰にも止められませんでした。

リューイたちにはまだ話していないこともたくさんありましたが、これ以上、話して(いたずら)に二人の不安を(あお)ることはユストの本意(ほんい)ではありませんでした。

先のことは誰にも――夢を見る女王でさえ――わからないのです。ユストはリューイと竜の子の未来が(きび)しいものにならないようにと祈らずにはいられませんでした。ありましたが、これ以上、話して(いたずら)に二人の不安を(あお)ることはユストの本意(ほんい)ではありませんでした。
先のことは誰にも――夢を見る女王でさえ――わからないのです。ユストはリューイと竜の子の未来が(きび)しいものにならないようにと祈らずにはいられませんでした。

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