12. おばあちゃんはいつだって味方

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コン、コン、コン。
暖炉(だんろ)の前で居眠(いねむ)りをしていたおばあちゃんは、ノックの音で目を()ましました。時計を見ると9時を少し過ぎていました。
「こんな時間に誰かしら?」
おばあちゃんの家は森の奥にありましたから、夜に人が(たず)ねてくることは滅多(めった)にありませんでした。
「よっこらしょ。」
(いぶか)しく思いながらも()椅子(いす)から立ち上がると、おばあちゃんはドアを開けました。そこには泣きじゃくるリューイとミュウが立っていました。
「まぁ、リューイ!それにミュウまで!」
「ひっく、ひっく、えぐっ、えぐっ。お、おばあちゃんっ!」
リューイは泣きながら、おばあちゃんの胸に飛び込みました。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃです。
「まあ、冷たい!こんなに()()って!どうしたの?こんな遅くに?!」
夜の森は子供が歩き回って良いような場所ではありません。
「ひっく、ひっく!」
リューイは泣くじゃくるばかりでまともな答えは返ってきませんでした。
「あら、あら、まあ。とにかく、中にお入りなさい。話しは後でいいから。ミュウもそこに突っ立ってないで、中に入ってきなさい。」
おばあちゃんは笑いながらリューイの背中をさすると、暖かい優しく家の中に(むか)え入れてくれました。
おばあちゃんの柔らかい胸に抱き締められたリューイは、急に安心したのか本格的に泣き出しました。
「うえ~ん、うえ~ん、おばあ~ちゃん!」
おばあちゃんの首にしがみつきます。
――やれ、やれ。最近は随分(ずいぶん)とお兄ちゃんらしくなってきたと思っていたけど、まだまだ赤ちゃんね。
幼児のように泣きじゃくるリューイが可笑(おか)しいやらで、愛おしいやらで、おばあちゃんはリューイをぎゅっと抱き締めると頭のてっぺんにキスをしてあげました。

コトッ
リューイの目の前に、湯気(ゆげ)の立つホットミルクが置かれました。
「はい、どうぞ。体が温まるわよ。」
「ひっく、ひっく」
リューイはカップを手にしたものの、泣き過ぎて頭がぼうっとしているのか、なかなか飲もうとしません。しかし、一口、二口とホットミルクを飲むうちに、リューイの口も少しづつ動き出し、やがて家出(いえで)(いた)経緯(けいい)をポツリ、ポツリと話し始めました。

「…というわけで、毎日、毎日、怒られてばかりなんだ。おばあちゃん、ボク、あの家にはもう帰りたくないよ…」
そう言って、リューイは涙を(ぬぐ)い、(はな)をかみました。まだ泣いていますが、すっかりいつもの調子を取り戻したようです。
――そんなことじゃないかと思ったわ…
話を聞き終えたおばちゃんは、胸の中でそう(つぶや)きました。おばあちゃんは真剣(しんけん)な顔でリューイの話を聞いていましたが、急にクスッと笑いました。
――ガーン!
おばあちゃんに笑われてリューイはショックを受けました。
――えっ?!おばあちゃん、なんで笑うの?ボクはすごく(つら)()にあったのに!
しかし、おばあちゃんはリューイのことを笑ったわけではないようです。おばあちゃんの視線を辿(たど)ってみると、その先には暖炉(だんろ)の前で長々(ながなが)と寝そべっているミュウがいました。家出の原因を作った張本人(ちょうほんにん)は、部屋の中の一番良い場所に陣取(じんど)り、おばあちゃんから(もら)った()(くさ)美味(おい)しそうに食べています。銀色(ぎんいろ)(おおかみ)(おび)えて(ふる)えていたことなど、もう忘れてしまったようです。
――ミュウのやつ、自分のせいだってわかってるのか?!
リューイは(うら)めしそうにミュウを見ました。ミュウはリューイの視線などまったく()(かい)さず、口の奥まで丸見えになるような大きなアクビをしました。ミュウの紫色の下と大きな歯が見えました。
――あいつめ!
暖かさに体が(ゆる)んだのか、長々(ながなが)()そべっているミュウは暖炉(だんろ)の前の特等席(とくとうせき)を完全に専有(せんゆう)していました。
――ミュウってこんなに長かったかな?
おばあちゃんはそんな二人を見て再び苦笑(くしょう)()らしました。
「ミュウはドラゴンだから仕方(しかた)がないわね。ドラゴンは()ままな生き物なのよ。そもそも、こんなふうに人間の言うことを聞くほうが(めずら)しいの。」
そこで、おばあちゃんはふぅ~と溜息(ためいき)をつきました。
「それにしても、リューイのママは大変ね。毎日、いたずら(ざか)りの男の子とドラゴンの相手をしているんだから。堪忍(かんにん)(ぶくろ)がいくつあっても足りないわ。」
その言葉にリューイはぷぅ~と(ほお)(ふく)らませました。
「いたずらしたのはボクじゃないってばっ!」
「はい、はい。そうだったわね。」

おばあちゃんは笑いながら、リューイの手をギュッと(にぎ)りました。
「ねえ、リューイ、わかるでしょ?ママだって、怒りたくて怒っているわけじゃないのよ。」
リューイはそっぽを向いたまま何も答えません。おばあちゃんは(にぎ)ったリューイの手を上下に振り動かしました。それでも、リューイは目を合わせようとはしませんでした。おばあちゃんはリューイのママの顔を思い浮かべました。
――たしかにねえ、リューイのママもガミガミ言い過ぎるところはあるんだけど…
「ねえ、リューイ!おばあちゃん、良いことを思いついたわ。」
おばあちゃんはリューイの(ほお)を両手で優しく(つつ)()むと、そっと自分のほうに向かせました。
「ママの怒りが(おさ)まるまで、ここに()まったらどうかしら?」
その言葉にリューイは思わず顔を上げました。
「本当?」
おあちゃんは笑って(うなず)きました。
「ええ、好きなだけ()て良いわよ。」
「やったぁ!おばあちゃん、ありがとう!」
リューイはおばあちゃんの首にぎゅっとしがみつきました。おばあちゃんの一言(ひとこと)先程(さきほど)までの悲しい気持ちなどどこかに吹き飛んでしまいまいた。急に目の前が開けたように感じます。

――グウゥゥゥ~
心配事(しんぱいごと)がなくなった途端(とたん)、リューイのお(なか)盛大(せいだい)に鳴り始めましたので、おばあちゃんはクスクスと笑い出しました。
「リューイ、(ばん)御飯(ごはん)は食べられなかったね?何か食べる?」
「うん、食べる!食べる!」
リューイが元気よく返事をすると
「ほら、泣いた(からす)がもう笑った。」と言って、おばあちゃんは再び笑い出しました。
「何を作ろうかしら?リューイが好きそうな物、何かあったかしら?」
おばあちゃんが考え込んでいると
「あのね、ぼくね、おばあちゃんが作るものだったら何でも好き!だから、なんでもいいよ!」
とリューイが(いきお)()んで言いました。
「まあ、リューイったら!可愛(かわい)いこと!そんなところはパパの小さい頃にそっくりね。」
「てへへっ」
()れくさそうに笑うリューイに、おばあちゃんは目を(ほそ)めました。
――これで一件落着(いっけんらくちゃく)ね。あとはママにお手紙を出さなくちゃならないわね。きっと今頃、心配で何も手につかなくなっているわ。

その頃、リューイのママは玄関の前を落ち着きなく何度も行ったり来たりしていました。あちらの()がり(かど)から急にリューイが(あらわ)れやしないか、(ある)いはこちらの道から不意(ふい)に帰ってきはしないかと数分置きに(あた)りを見渡(みわた)すのですが、通りには人影(ひとかげ)はおろか、猫一匹見当(みあ)たりません。
本当はあんなに長く()()すつもりはなかったのです。が、抱っこしていたフューイがミルクをお母さんの肩に()いてしまい、フューイを()いたり、自分が着替(きが)えたりしているうちに、いつの間にか30分以上()ってしまいました。玄関の前がやけに静かなことに気がついてドアを開けた頃には、二人とも姿を消していました。
――まさか、本当に森に行ったのかしら…どうしよう。
どんどん大きくなる不安に、お母さんは()(つぶ)されそうになっていました。

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