薪割りを終えたユストとリューイが玄関のドアを開けると、部屋の中から暖かい空気と一緒に香ばしい匂いがどっと流れだしてきました。
「うわ~、今日はご馳走だね!クリスマスみたい!」
テーブルの上にずらりと並べられたご馳走に、リューイが歓声を上げました。メインディッシュは七面鳥の丸焼きでした。リューイが大好きなビーフシチューもあります。その他にも様々な料理が、所狭しと並べられていました。美味しいご飯に大好きなユスト、今日はなんて良い日でしょう。
――こんなご馳走が食べられるのもユストが泊まってくれるお蔭だね♪
今日はユストがお泊りなので、ご飯を食べた後も遊ぶ時間がいっぱいあります。リューイの目には部屋中が輝いて見えました。
――ゲームもしたいけど、プロレスごっごもしたいなあ。ユストはプロレスごっご、好きかなぁ?
考えただけで体がムズムズしてしまいます。得意の飛び蹴りを、是非ともユストに披露したいものです。お父さんはリューイに飛び蹴りをされると、いつも「あっ」と変な声を漏らして動けなくなってしまうのです。ユストだったらそんなことはなさそうです。リューイはお父さんの変な声と動きを思い出して、ププッと笑いを洩らしました。
「どうしたんだい、リューイくん。一人で笑ったりして。」
「うふふっ」
「ん?」
ユストは膝をかがめて、聞いてくれます。
――飛び蹴りは絶対ダメってお母さんは言うけど…ちょっとぐらいならいいよね。
ユストなら何をしても怒らなそうです。
「ううん、なんでもない。」
リューイはククッと笑いを噛み殺しました。
いろいろと迷った末に、おばあちゃんは夕食の献立を七面鳥の丸焼きとビーフシチューにキノコのキッシュと決めました。もちろん、パンは焼き立てです。デザートは野いちごのパイとマロングラッセにしました。
長旅では滅多に温かい料理など食べられなかったことでしょう。明日には旅の空に戻ってしまうユストです。少しでも美味しい物を食べさせてあげたいと、あれやこれやと考えているうちに、気が付いたらご自慢の貯蔵庫にある食材をほぼすべて使っていました。
――それにしても、七面鳥を塩漬けがあってよかったわ。本当にあのときはびっくりして、死ぬかと思ったけど。
七面鳥を焼きながら、おばあちゃんはあのときのことを思い出していました。偶然のできことではありましたが、この七面鳥はおばあちゃんが誰の力も借りずに初めて自分で仕留めた獲物でした。生まれて此の方、銃など触ったことのないおばあちゃんが、齢七十にして獲物を仕留めたのです。なかなかやるではありませんか。
――あのときの私、エライ!
おばあちゃんは心の中で自画自賛しました。
その夜の食卓はとても賑やかでした。妖精たちは元来、おしゃべりな生き物ですが、その夜はいつもに輪をかけておしゃべりでした。リューイも妖精たちに負けじとしゃべったので、おばあちゃんは三人の相手をするのが大変でした。ユストはおばあちゃんの手料理に舌鼓を打ちながら、みんなの話に相槌を打ったり、笑ったりしていました。なかなか良い食べっぷりです。ユストの食べっぷりに釣られたのか、リューイも今夜はすごい食欲です。
――ムフ~、幸せ…
リューイはビーフシチューを一口頬張ると、目を閉じてじっくりと味わいました。口の中で肉がホロホロと溶けてなくなります。
――やっぱり、おばあちゃんのビーフシチューは天下一品だね!
リューイがユストをちらりと見ると、ユストも美味しそうにビーフシチューを食べていました。
「リューイくんが言うとおり、おばあちゃんのビーフシチューは天下一品ですね。今まで食べたビーフシチュー中で一番、美味しいです。」
リューイの考えていることがわかったかのように、ユストが口を開きました。
「あら、ありがとう!お世辞でも嬉しいわ。」
おばあちゃんの顔が思わず綻びました。料理の腕を褒められたことは一度や二度ではありませんが、それでも褒められれば嬉しいものです。
「ねえ、ねえ、大勢で食べるって美味しいね!」
その台詞を聞くのは今日、何度目でしょうか。おばあちゃんとユストは同ときに吹き出しました。
「だって、本当なんだもん!」
リューイはぷうっと頬を膨らましました。
「そうだね。リューイくんの言うとおりだよ。」
ユストは宥めるようにリューイの頭を撫でました。
「リューイったら。煩くてごめんなさいね、ユストさん。いつもはここまで煩くないのよ。今日はユストさんが泊まってくれるので、嬉し過ぎて大はしゃぎ。」
申しわけなさそうなするおばあちゃんに、ユストは笑顔で答えました。
「ちっとも煩くなんてありませんよ。リューイくんが言うとおり、食事は大勢で食べたほうが美味しいですね。」
リューイの人見知りしない性格のお蔭で、子供慣れしていないユストでもすぐに打ち解けられた気がします。よく知らない人達との食事も、今日は驚くほど気が楽です。
「ユストさんは本当に子供好きなのね。絶対に良いお父さんになりますよ。」
赤ちゃんドラゴンのこともあって、おばあちゃんはユストが良い父親になると信じて疑わないようでした。
その一言はコトリとユストの胸に落ちて、小さな細波を立てました。天蓋孤独の星の下に生まれた自分に、父親になる日なんて来るのでしょうか。
――家族…
そのことを考えるとき、思い浮かぶのはただ一人の女性でした。
――あの人は誰と結婚するのだろうか…
女王が他の男と結婚することを考えただけで、ユストの胸は苦しくなるのでした。


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