「変なの」
がっかりしたリューイの口から、そんな言葉が漏れました。
ヘンテコな生き物はリューイの言葉の意味が分かったのか、ピクリと体を震わせました。
「へーんなの」
リューイはもう一回、言ってみました。
一体全体、なんなのでしょう、コレは!一言で表すのなら、「がっかりな生き物」です。期待外れもいいところです!
リューイは人差し指で、ヘンテコな生き物の頭を突いてみました。
「ピギャー!ピギャー!ピギャー!」
カゴの中の生き物は、途端に大きな声で鳴き始めました。
――やめてよ!やめて!こわいよ。
ぎこちない動作でカゴの中から逃げ出そうとするのですが、手も足も短くてカゴから出られません。
――ちょっと触っただけなのに、なんだよ、その声!ものすごい意地悪をしたみたいじゃないか!
少しムッとしたリューイは、今度は、ぽっこりと膨らんでいるお腹を押してみました。
――んっ?柔らかい…
ヘンテコな生き物のお腹は、意外にも子猫のように柔らかく、温かでした。リューイは少し驚きました。
リューイはもう一度、ヘンテコな生き物のお腹を押してみました。ヘンテコな生き物はリューイの指から逃れようと、懸命に体を動かしましたが、大きい頭を左右に揺するだけで、少しも逃げ出せません。なんとも間抜けなその姿に、リューイはとうとう笑い出しました。
「だいじょうぶだよ、何もしないって。おまえって、なんだか面白いなぁ。」
リューイはヘンテコな生き物がまだ体も満足に動かせない赤ちゃんであることに気付くと、そっと抱き上げました。
――まだ目も開かないってことは、生まれたばかりなんだよね。
ヘンテコな生き物はしばらくの間、リューイの腕の中から逃げ出そうともがいていましたが、疲れたのか、そのうち大人しくなりました。触れ合った部分から、ヘンテコな生き物の体温が伝わってきます。リューイがそっと頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに瞼が下から上へと上がりました。もしかしたら、どこかの家で飼われていたペットかもしれません。人慣れしている様子です。
――あれ、なんだろ…可愛いかも。
リューイが腕の中のヘンテコな生き物を見ながら、そんなことを考えていると
――たすけて!
腕の中から小さな声が聞こえました。
「ええっ!しゃべった?!」
リューイは思わず腕の中の生き物を落としそうになりました。
たしかに、今、「たすけて」という声が聞こえました。リューイはまじまじとその奇妙な生き物を見つめました。十秒、二十秒、そして一分。リューイはじっと待っていましたが、いくら待っても腕の中のヘンテコな生き物が、再びしゃべることはありませんでした。
リューイはヘンテコな生き物を、目の高さにまで持ち上げてみました。体を左右に揺すると、尻尾もぶらぶらと左右に揺れました。
ヘンテコな生き物は何をされても抵抗しませんでしたが、怖がっているのか、親指の下の小さな心臓はものすごい速さで打っていました。
「だいじょうぶだよ、怖くないよ。」
リューイがそっと抱き締めてあげると、ヘンテコな生き物はリューイの胸に顔をすり寄せてました。
「なんだよぉ、可愛いヤツめ!」
リューイは思わず笑顔になりました。
しかし、この子をどうしたらいいのでしょうか。この森を通る人は殆どありません。リューイが拾わなければ、この子はずっとこのままでしょう。寒そうに体を震わせているのも気になります。今は昼間なので森の中は幾分、暖かいのですが、夜には気温もぐっと下がります。このまま森の中に置いておけば、死んでしまうかもしれません。
――せめて、モフモフの毛だけでも生えていたら良かったのに…
しかし、それは無理な注文というもの。
しかも、この子の命を脅かすのは、寒さだけではありませんでした。この森には危険な肉食獣が、うじゃうじゃ棲んでいるのです。夜行性の彼らは昼間はけして、人前に姿を現しませんが、夜になればここは彼らの天国です。
――でも…
お母さんの怒った顔が目に浮かびます。こんなヘンテコな生き物を家に連れて帰ったら、怒られるに決まってます。
「捨ててらっしゃい!」
何度、そう言われたでしょう。リューイが捨て猫や捨て犬を拾ってくる度、お母さんはそう言うのです。
「どうしよう…う~ん。」
リューイは顎に指を当てて考えました。
――いったい、どうしたら…
そのときです。急に素晴らしいアイデアが閃きました。
「そうだ!おばあちゃんにお願いしてみよう!」
なんでもっと早く考えつかなかったのでしょうか。おばあちゃんの家で飼ってもらえば、何の問題もありません。いつでも好きな時にこの子に会いに行けます。
――それに、おばあちゃんは一人暮らしだから、ペットがいたら寂しくないはず…この子も住むお家ができるし、おばあちゃんも寂しくなくなって、一石二鳥だよね。僕って天才!
自分の思いつきに嬉しくなったリューイは、ヘンテコな生き物をカゴに戻すと、白い布を掛け、それを抱えたままおばあちゃんの家へと走り出しました。
「ハクション!」
孫の勝手なアイデアなど知らないおばあちゃんは、その頃、小さな三角屋根のお家の中でくしゃみをしていました。
――あら、やだ!誰かが噂をしているのかしら?
おばあちゃんは編み物の手を止めると、ゆっくり伸びをしました。今日も良い天気です。窓から庭の花々を眺めながら、おばあちゃんは満足そうな笑みを浮かべました。気楽な一人暮らしを満喫しているおばあちゃんは、この後、一気に騒がしくなるなんて思いもよりませんでした。
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