リューイは夕方までずっとおばあちゃんの家にいて、赤ちゃんドラゴンを見守っていました。しかし、辺りが暗くなってきたので、慌てて帰り支度を始めました。本当はおばあちゃんの家に泊まりたかったのですが、明日は学校があるので家に帰らなければなりません。おばあちゃんと相談して、赤ちゃんドラゴンはおばあちゃんに預かってもらうことにしました。「弱っている赤ちゃんドラゴンを動かさないほうがいい」とおばあちゃんが言ったからです。それに赤ちゃんドラゴンを家に連れて帰るには、お母さんの許可を得なければなりません。
おばあちゃんの家を出ると、外はかなり暗くなっていました。急いで帰らないと、真っ暗になってしまいます。森の中には街灯が一本もないので、日が沈んだ後は足元も見えないくらい真っ暗になってしまうのです。
「お日様が沈んだ後は、何ひとつ良いことは起こらない。」とおばあちゃんは口癖のように言いますが、こうして薄暗い森の中を歩いていると、おばあちゃんの言っていることは正しいと思わずにはいられませんでした。
気のせいかもしれませんが、暗い木々の間から何かがこちらをじっと見ているような気がします。
「早く帰らなくちゃ」
そう呟くと、リューイは森の中の一本道を一目散に走り出しました。
リューイが森を出た頃には辺りは真っ暗になっていました。心配したお母さんが森の近くまで迎えにきていました。
――あっ、迎えに来てくれたんだ!
めずらしいこともあるものだとリューイが駆け寄ると、大きなげんこつが頭の上に振ってきました。
その日の夕食はリューイが大好きなハンバーグとスパゲッティだったのですが、リューイは「暗くなるまでに帰る」というお母さんとの約束を破ったので、ハンバーグが1個減らされてしまいました。
しかし、リューイには考えなくてはならないことがいっぱいありましたので、ハンバーグのことはすぐに忘れてしまいました。
――あの子のこと、お母さんになんて話そう…
赤ちゃんドラゴンが元気になったら、家に連れて帰って自分の部屋で飼いたいと思っているのですが、きっと、お母さんは反対するでしょう。お父さんはひょっとしたら賛成してくれるかもしれません。だって、お父さんも子供の頃は森で拾ったキツネやシカの仔、巣から落ちた雀のヒナ、リスやカエルまで様々な動物を飼っていたらかです。しかし、ここは慎重に作戦を練らなければなりません。
その夜、リューイが窓辺に肘をついてあれやこれやと考えていると、森のほうからフクロウが飛んで来ました。お手紙鳥さんです。フクロウは窓の桟にとまると、くわえていた手紙をポトリと落としました。
「あんたがリューイさんかな?」
リューイは常日頃から働く動物さんには礼儀正しくしなさいと言われていたので
「はい、そうです。」とお行儀良く答えました。
「おばあさんから手紙じゃ。」
フクロウは腰をぽんぽんと叩くと、「年をとると腰が痛くてのう」と独り言のように呟き、またどこかへ飛び去っていきました。お手紙鳥の飛び去った方向からは、しばらくの間、ホーホーという声が聞こえていました。
「なんだろう」
もしかしたら、赤ちゃんドラゴンに何かあったのでしょうか?リューイが最後に見たときは、まだ生きていましたが…
リューイはドキドキしながら手紙を開けました。そこには大きな字でこう書かれていました。
- 明日、学校の帰りにおばあちゃんの家に来ること -
その手紙を読んだ瞬間、リューイは赤ちゃんドラゴンはまだ生きていると確信しました。だって死んでいたら、こんなふうには書かない筈です。
リューイは手紙を掴むとベッドの横に跪いて、神様に祈りました。
「神様、どうか赤ちゃんドラゴンを助けてください。ボク、もっと良い子になりますから。お母さんのお手伝いもします。宿題もちゃんとやります。フューイの面倒もみます。だから、赤ちゃんドラゴンを助けてください。」
リューイは一生懸命に祈りました。ギュッと目を瞑って、すごく、すごく一生懸命、祈りました。祈り終わった時、天井から白い光が降ってきたような気がして、なんだか祈りが通じたような気がしました。
リューイは満足してベッドにもぐりこむと、明日のことをいろいろと考えました。明日は、赤ちゃんドラゴンのために、ポテトチップスとチョコレートを持っていこう。それはどちらかというと、赤ちゃんドラゴンのためではなく、自分のためだったかもしれません。
それから、もしかしたら虫を食べるかもしれないから、途中でバッタやコウロギも捕まえよう。それから、キノコや木いちごも集めておこう。それから、それから…
いろいろ考えているうちに、リューイはいつしか眠りに落ちていました。
その夜、夢の中でリューイは髪の長い女の人が泣いているのを見ました。顔は見えませんでしたが、リューイはその人がとても綺麗な人であることがわかりました。女の人の手にはどこかで見たことのある白い布が握り締められています。
女の人があまりにも悲しそうに泣くので、リューイはどうにかして慰めてあげたいと思うのですが、なんと言って声を掛けたらよいのかわかりません。
リューイが声を掛けられずに思いあぐねていると、啜り泣く声に交じって、言葉らしきものが途切れ途切れに聞こえてきました。
「…王が…奪われてしまった…命の…」
おうさま?うばわれた?命?何のことだろう?
リューイは女の人の言っていることを理解しようとして、一生懸命、耳を澄ましました。何のことか分かれば、助けてあげられるかもしれません。
しかし、目の前の女の人の姿は次第に薄くなり、やがて見えなくなりました。リューイは薄くなる女の人に何度も声を掛けようとしましたが、どうしても声が出ません。
翌朝、リューイはいつもよりも早く目が覚めましたが、夢のことは何ひとつ覚えていませんでした。
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