9. 猫のベニー

ドラゴンの赤ちゃん、拾いました

その日の朝、いつもはなかなか起きないリューイが早起きをしたので、朝食の準備をしていたお母さんはお玉を持ったまま目を丸くしました。

お父さんは読んでいた新聞から目を上げると、「今日は雪が()るかもしれないな」と言って笑いました。リューイは、お父さんに「雪が降る」とはどういう意味なのかと質問しましたが、お父さんは笑うばかりで答えてくれません。今日は学校も会社もお休みなので、みんなのんびりしています。

リューイはテーブルに着きながら、お母さんに「朝ご飯を食べ終わったら、おばあちゃんの家に行ってもいいか」と(たず)ねました。森の中にはお店が一件(いっけん)もないので、おばちゃんに必要な物を(とど)けるのはリューイの役目(やくめ)でした。

お母さんは少し考えた(のち)、おばあちゃんにミルクと小麦粉(こむぎこ)とバターを届けてくれるなら行ってもいいと言ってくれました。しかし、「今日は(かなら)ず明るいうちに帰ってくるのよ」と一言、付け加えるのを忘れませんでした。()いつけを守らなかったら、今度(こんど)こそ(ばん)御飯(ごはん)()きにされてしまいそうです。

朝ごはんを食べ終わると、リューイは早速(さっそく)、森へ行く準備(じゅんび)を始めました。お菓子がいっぱい入ったリュックを背負い、虫カゴを首から下げ、右手に虫取り(むしとり)(あみ)、左手にはミルクや小麦粉が入ったカゴを持っています。

「なんだかすごい格好(かっこう)ね」

フューイを()っこしたお母さんが、笑いながらリューイを送り出しました。

「おばあちゃんによろしくね」と言い掛けたお母さんは、急に思い出したように、今日は、カゴをちゃんと持ち帰るようにと言いました。

――あっ!忘れてた!

お母さんに言われるまで、リューイはカゴを森に置いてきたことなどすっかり忘れていました。昨日はドラゴンの赤ちゃんのことで頭がいっぱいで、それどころではありませんでした。くるみパンが入ったカゴをどこで失くしたのか、リューイには見当(けんとう)も付きませんでした。

――や、やばい…

リューイは、内心(ないしん)、焦りましたが、なにくわぬ(ふう)(よそお)いました。

「うん、わかった。」

見つけられる確信もないまま、リューイは答えました。

「必ず持って帰ってきてね。あれがないと困るのよ。」

リューイのことならなんでも知っているお母さんは、()()しそうになるのを(こら)えながら真面目(まじめ)な顔で言いました。どうやらリューイが道草の途中でカゴを失くしたことはお見通しのようです。

「うん…」

リューイは小さな声で応えました。

――見つかるかな…

「じゃあ、行ってくるね。」

リューイは不安を()()すように、明るく手を()って出掛けました。

「いってらっしゃい」

お母さんは抱っこしたフューイの手を持って振りながら言いました。フューイも「ウ~、ウ~」と言っています。「いってらっしゃい」と言っているつもりなのかもしれません。

「いい子にお留守番してるんだぞ。大きくなったらお兄ちゃんが森に連れて行ってあげるからね。」

一人前(いちにんまえ)兄貴風(あにきかぜ)を吹かせると、リューイはフューイの頭をそっと()でました。

家を出ると、お(となり)(へい)の上に猫のベニーが()そべっているのが見えました。リューイが近寄(ちかよ)ると、ベニーはお(なか)()でてもらおうとして仰向(あおむ)けになりました。リューイは背伸(せの)びをして(へい)の上のベニーをなでてあげました。指の先にベニーの6つのおっぱいが()れます。ベニーはつい最近まで子猫を育てていたので、おっぱいが少し(ふく)らんでいるのです。しかし、ベニーの3匹の赤ちゃんは、全部、他所(よそ)に引き取られてしまったので、可哀想(かわいそう)なベニーにはおっぱいを飲ませる赤ちゃんがいませんでした。

「そうだ!」

リューイは閃きました。ベニーのおっぱいを赤ちゃんドラゴンに飲ませたら良いのではないでしょうか?

「ベニー、おいで。一緒に森に行こう。」

リューイはベニーに話し掛けました。ベニーは「にゃーん」と返ことをしましたが、リューイの後をついてこようとはしませんでした。

「ベーーニィー」

リューイはとっておきの優しい声で呼んでみました。いわゆる猫撫(ねこな)(ごえ)というやつです。ベニーは、今度は尻尾(しっぽ)をフサァと2、3度振ってくれましたが、やはり降りてくる様子はありません。

「どうしたらいいかな。」

リューイは考えました。そしてちょっと迷ったすえ、ベニーをリュックに入れて森に連れて行くことにしました。リューイは塀の側にある大きな石の上に乗ると、動こうとしないベニーを塀から(かか)()ろしました。リューイに抱っこされたベニーは遊んでもらえると思ったのか、期待(きたい)()ちた目でリューイを見詰(みつ)めています。

このベニーというメス猫はとても大人(おとな)しくて、人懐(ひとなつ)こい猫でしたので、リューイがベニーをリックに入れてもにゃんとも言いませんでした。リューイはリュックの口を(ゆる)くして、ベニーがリュックから顔を出せるようにしました。

リューイはベニーが嫌がらないので、ベニーも森に行きたいのだろうと自分に都合(つごう)の良いように考えました。

「これでよし!」

ずっしりと重たくなったリュックを背負(せお)うと、リューイはたくさんの荷物を持ってヨロヨロと森へと向かいました。

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