12. 妖精たちの過去

ドラゴンの赤ちゃん、拾いました

「妖精さん!」
リューイは妖精たちを見つけると、窓辺に()()りました。
()()くの(おそ)い!早く気付(きづ)いてよ!」
「ねえ、あの子は大丈夫(だいじょうぶ)なの?」
リューイが窓を開けると、妖精たちは口ぐちに(さけ)びながら飛び込んできました。何かを早口(はやくち)()くし()てているのですが、二人で同とき(どうじ)に話すものですから、リューイにはほとんど聞き取れませんでした。ただ、なんとなく自分が二人に非難(ひなん)されているということだけはわかりました。それでも、あんなふうに(わか)れた(あと)だけに、リューイは二人が(たず)ねて来てくれたことを(うれ)しく思いました。「妖精さん!よく来てくれたね!」
リューイは手を広げて、歓迎(かんげい)しました。リューイの歓迎ぶりに、二人は一瞬(いっしゅん)、言葉に()まりましたが、すぐに気を取り直して、「遊びに来たんじゃないわ」とつんと(かた)をそびやかしましたが、それでもまだ何か言いたいことがあるらしく、二人はリューイの手の上に乗ってきました。
「ねえ、あの子は大丈夫(だいじょうぶ)なの?!」
「まさか、あなたが(ひろ)ったとはね!」
またしても、二人、同時どうじにしゃべります。
「それがね……あんまり元気じゃないんだ。」
リューイは口籠(くちごも)りました。

リューイが部屋の奥に目をやると、おばあちゃんが赤ちゃんドラゴンの入ったカゴ(かか)えて、出てくるところでした。おばあちゃんは平静(へいせい)(よそお)っていましたが、その目は大きく見開(みひら)かれており、非常(ひじょう)(おどろ)いていることが見てとれました。ただでさえ丸い目が、さらに真ん丸になっています。
――まさか、この森に妖精が()んでいたとは思わなかったわ。しかも、リューイと友達だなんて…おばあちゃんは静かに(ちか)づいてくると、妖精たちを(おどろ)かさないようにテーブルの上にそっとカゴを置きました。妖精たちはカゴの上を心配そうに飛んでいましたが、布は掛けたままでしたので、中を見ることはできませんでした。
「こんにちは、妖精さん。」
おばあちゃんが話し掛けると、二人は素直(すなお)返事へんじをしました。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「あなたたちはこの子のことを知っているのね。この子について、あなたたちが知っていることを教えてくれないかしら。この子は昨日から何も食べていなくて、見てのとおりかなり弱っているのよ。このままでは、死んでしまうかもしれないわ。こんなときにあなたたちが現れるなんて、きっと天の助けだと思うわ。あなたたちはこの子が何を食べるか知っている?」
おばあちゃんが二人に(たず)ねると、二人は驚いたように顔を見合(みあ)わせました。
「うそっ?!」
「ホント?!」
何が「うそ」で、何が「ホント」なのでしょうか。今度はリューイとおばあちゃんが、顔を見合わせました。
「そんなことも知らないの?」
()せたほうの妖精が言うと、丸い(ほお)をした妖精も本当だと言わんばかりに(うなず)きます。
「私たちの国では、そんな事、子供だって知っているわよ。」
――「そんな事」って… 初めてドラゴンを見たんだぞ!ドラゴンが何を食べるかなんて分かるわけないだろ…
リューイはむっとしましたが、ここで言い返すのは得策(とくさく)ではないと思い、ぐっと我慢(がまん)しました。
そんなリューイをよそに、おばあちゃんは二人に優しく聞き返しました。
「私たちの国って、妖精の国のこと?」
二人はやれやれというように肩を(すく)めてみせました。
「妖精の国ですって?」
「そんな国、あるわけないでしょ。」
どうやら、妖精というのは、かなり失礼(しつれい)な生き物のようです。さすがに今度ばかりは、リューイも憮然(ぶぜん)とした表情(ひょうじょう)(かく)そうともしませんでした。おばあちゃんはリューイを(なだ)めるように頭を優しく()でると、リューイに代わって妖精たちに質問し始めました。
「私たちはドラゴンのこと、何も知らないのよ。どうしたらいいか、教えてくれないかしら?」「しょうがないわね。」
特別(とくべつ)よ。」
二人はおばあちゃんの右の肩と左の肩にそれぞれとまりました。
「あら、なんだか良い匂いがするわ。」
「本当だ!美味(おい)しいそうな匂い!」
妖精たちはおばあちゃんのふわふわした薄茶色(うすちゃいろ)の髪に顔を(うず)めると、(さか)んに(にお)いを()ぎ始めました。おばあちゃんはくすぐったそうにしています。
「くんくん、これは小麦粉とバターの匂いね。」
「むむっ!チョコレートの匂いもするわ!」
「ちょっと二人とも止めて。くすぐったいでしょ。」
両側からくんくんされて、おばあちゃんはくすぐったさに肩を(すく)めました。
――どうやら、二人とも相当(そうとう)()いしん(ぼう)さんみたいね。(あと)でクッキーを食べさせてあげなくちゃ。
おばあちゃんは今朝、焼いたクッキーを思い出しました。

おばあちゃんが赤ちゃんドラゴンの上に掛けてあった白い布をそっとめくると、妖精たちが両側から(のぞ)()みました。ときどき、そっと赤ちゃんドラゴンを(さわ)ってみたり、()してみたりしますが、赤ちゃんドラゴンはぐったりと横たわったまま(なん)反応(はんのう)(しめ)しません。
「体が(つめ)たいわ。」
「ぐったりしているね。」
赤ちゃんドラゴンが思ったよりも弱っていたので、妖精たちは(あせ)りました。すぐに(えさ)を取ってきて、食べさせなければなりません。しかし、これだけ弱っていると、餌を食べられるかどうかも(あや)しいものです。
赤ちゃんドラゴンは小川の()()てられてからずっと一人で不安(ふあん)恐怖(きょうふ)孤独(こどく)(たたか)ってきたのでしょう。一瞬(いっしゅん)たりとも()()けない環境(かんきょう)の中で、まだ目も開かない赤ちゃん(ドラゴン)がどうして何かを食べようとするでしょうか。残念(ざんねん)ながら、この人間たちが赤ちゃんドラゴンを(すく)えるとは思えません。この子に(えさ)を食べさせる前に、まずはこの子を安心させてあげなければなりません。
妖精たちは考えました。この子は卵の頃から孤独(こどく)とは無縁(むえん)環境(かんきょう)で育てられてきたのです。母竜(ははりゅう)や愛する人たちと(はな)れ、遠い異国(いこく)()で、小さい体を丸めてじっと耐えているこの子に、今、一番必要(ひつよう)なものは何でしょうか。

気が付けば、二人は今の赤ちゃんドラゴンに500年前の自分たちを(かさ)()わせていました。あれは二人がまだ緑の谷に()んでいたときのことです。
静かな谷間(たにま)の妖精王国(おうこく)は、人間たちの手によって一瞬(いっしゅん)(ほろ)んでしまいました。何百人もいた妖精たちの中で()(のこ)ったのはたった二人だけ。()()を失ったキキとリンは、()れからはぐれた(ひつじ)()(けもの)に追われるように、あてもなく彷徨(さまよ)い続けました。
あの頃のことは(つら)すぎて、記憶には(かすみ)がかかっています。だ一つだけ(たし)かなことは、二人を愛してくれた人たちの思いが、あの頃の二人を()かしていたということ実(じじつ)です。どんなに苦しくても人生は続くのです。自分で自分の人生を終わらせないこと――それが生き残った自分たちに()せられた義務(ぎむ)だと二人は思いました。
二人は()()()()も悲しみや喪失感(そうしつかん)恐怖(きょうふ)孤独(こどく)やと(たたか)(つづ)けましたが、そういった感情は一日や二日でなくなるものではありませんでした。長い歳月(さいげつ)()て、やっと少しずつ忘れることができるようになってきたのです。

ある日、二人は長い放浪(ほうろう)(すえ)羊飼(ひつじか)いの国に辿(たど)()きました。気持ちの良い草原の風に吹かれて二人が休んでいると、どこからともなく遊牧(ゆうぼく)(みん)の少女が歌う素朴(そぼく)な歌が聞こえてきました。どこか(なつ)かしいその響きに、二人は一瞬(いっしゅん)にして過去(かこ)へと()(もど)されました。
二人の目の前に()かび()がった妖精(ようせい)王国(おうこく)では、()うの昔に()くなった人々が笑い、歌い、(おど)っていました。妖精族(ようせいぞく)は平和を愛する陽気(ようき)(たみ)でした。歌と(おど)りとおしゃべりといたずらが大好きで、彼らの中には(あらそ)こと(ごと)がまったくありませんでした。また、(ねた)みや(にく)しみ、殺人や(いつわ)りもありませんでした。(だれ)かが(だれ)かより(えら)いわけでもなく、(みな)平等(びょうどう)でした。(かれ)らは非常(ひじょう)勤勉(きんべん)でしたので、金と銀、そして様々(さまざま)財宝(ざいほう)を持っていましたが、(とみ)(しゅう)(ちゃく)することもなければ、一人(ひとり)()めしようとする者もありませんでした。そのため、着る物のない人、()えている人、(まず)しい人や病気(びょうき)の人が見過(みす)ごしにされることはありませんでした。また、()いた者でも若い者でも男でも女でも、助けを必要としている人々には(かたよ)りなく、それぞれが自分の持っている分に(おう)じて()しみなく持ち物を分け与えました。また、(しろ)妖精族(ようせいぞく)とか(あお)妖精族(ようせいぞく)とか言われる者はなく、彼らは一つであり、皆、王国を()()ぐ者でした。神の手で(つく)られた者の中で、彼ら以上に幸せな(たみ)はありませんでした。

少女が羊を追いながら(おか)()こうへ消えてしまうと、妖精王国の(まぼろし)もいつの間にか消え、目の前にはただ、どこまでも広がる草原(そうげん)が続くばかりでした。夢でも見ていたのでしょうか。
まだ夢から()めやらぬ様子のキキの(かたわ)らで、リンがふと、一つの歌を歌い出しました。それは妖精たちの子守歌(こもりうた)でした。悲しい内容(ないよう)のその歌は、妖精の国ではなぜか昔から子守歌とされており、二人もこの歌を聞いて育ってきました。
リンの(ふか)みにあるアルトにキキの()(とお)ったソプラノが(かさ)なります。歌い終わったとき、二人は()き合って泣きました。二人はもう何年も歌を歌うことすら忘れていたことを思い出しました。ただ生きていただけ――いつ死んでも構わないと思っていたの二人が、初めて「生きよう」と思った瞬間でした。
この赤ちゃんドラゴンだって、こんな(かたち)(いのち)(ともしび)を消してよいはず(はず)がありません。この子の家族のためにも、また、この子を愛してくれた人たちのためにも、生きなければならないのです。気が付けば、二人は自然に子守歌を口ずさんでいました。

風よ、聞かせておくれ
あの歌を
優しい(ひざ)の上で聞いたあの歌を
草原よ、歌っておくれ
あの人が好きだった歌を

私が愛したあの人はもういない
空の下に宿(やど)り、木に(まくら)にする旅人(たびびと)のように
私には帰る場所がない
それでも私は歌う
故郷(ふるさと)の歌を
愛する人たちのために

父よ、母よ、妹よ
どうか私を見守(みまも)っていて
天でまた会うその日まで

二人の歌を聞いていつの間にかこの歌を覚えてしまった青の国の女王も、卵が入ったゆりカゴを揺らしながらいつもこの歌を歌っていました。
妖精たちが歌い始めると、部屋の中の空気ががらりと変わり、深い(やす)らぎに()たされました。異国(いこく)の言葉で歌われたので、リューイたちには歌の意味はわかりませんでしたが、なぜか(なみだ)()まらなくなりました。おばあちゃんは思わずエプロンで目頭(めがしら)を押さえました。

妖精たちが歌い始めて(しばら)くすると、静かだったカゴの中からミュウミュウと小さく鳴く声が聞こえ始めました。その声は次第に大きくなり、やがて赤ちゃんドラゴンは自ら白い布を押しのけてカゴから顔を出しました。まだ、何も食べていないのに少し元気になったように見えます。
――妖精たちの温かい心が通じたのかしら。
おばあちゃんは涙を(ぬぐ)うと、二人に微笑(ほほえ)みかけました。
「二人とも本当に歌がお上手(じょうず)ね!感動(かんどう)したわ。」
おばあちゃんが小さく拍手(はくしゅ)をすると、妖精たちは()れたようにもじもじしました。
「うふふ、そんなことないわよ。ねえ?」
「ねえ。」
二人は満更(まんざら)でもない様子で、顔を見合わせました。そして()められたことが照れくさかったか、話題を変えるようにこう言いました。
「えっと…それより、この子は何を食べるのか知りたいんだったわよね?」
「そうそう!」
おばあちゃんは思い出したとでも言うように、手の平に(こぶし)をポンと打ち付けました。
「赤ちゃんドラゴンは…」
妖精たちは、小さな子供にでも説明するかのようにゆっくりと話し始めました。

  

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