13. 謎の男、現る

ドラゴンの赤ちゃん、拾いました

「赤ちゃんドラゴンは…」
妖精たちは何も知らないリューイたちのために、()んで(ふく)めるように説明してくれました。
ドラゴンは肉食と草食の二種類に分かれるが、このドラゴンは草食なので草しか食べないこと。大きくなるとルルアという背の高い木の葉を枝ごと食べたりもするが、小さいうちはイノンドやコエンドロなどのような柔らかい植物を食べること。歯が生えるまではイノンドやコエンドロをすり(つぶ)して食べさせ、少し大きくなったら細かく刻んであげると喜んで食べること、等々(などなど)
リューイは知らなかったのですが、赤ちゃんドラゴンが捨てられていた小川の(ほとり)に生えている黄色い花がイノンドという植物だそうです。リューイたちの国ではイノンドはディルと呼ばれていました。コエンドロはレモンのような匂いがするセリ科の植物で、薬効(やっこう)成分(せいぶん)が含まれており、胃薬や(きょ)(たん)(やく)としても使えるそうです。妖精たちの話を聞いていたおばあちゃんは、たぶんコリアンダーではないかと言っていました。イノンドもコエンドロも独特(どくとく)の味と香りがします。どうやらこの子は(くせ)のある植物が好きなようでした。
リューイは早速、小川の(ほとり)にイノンドを取りに行くことにしました。コエンドロのほうは、おばあちゃんが知り合いの薬師(やくし)()いてくれることになりました。
ルルアは赤ちゃんドラゴンが生まれた国、スクエアード王国(おうこく)にしか生えていない植物だそうです。(みき)は白く、葉は青く、それはそれは美しい木だそうです。スクエアード王国はルルアの森と湖に囲まれているため、遠くから見ると国全体が青く(けぶ)って見えるそうです。スクエアード王国が青の国と呼ばれるようになったのもごく自然のことのように思えます。
リューイとおばあちゃんは、スクエアード王国という国名を初めて聞きますた。きっとすごく遠い所にある国なのでしょう。流石にルルアは無理ですが、イノンドやコエンドロであればいくらでも食べさせてあげられそうです。リューイたちはほっとしました。

リューイがほっとしていると、妖精たちはリューイをビシッと指差しました。
「そして最後に」と妖精は厳しい表情で付け加えました。
「この子に一番、大切なのは愛情よ!」
二人はリューイの顔をじっと見つめました。
この種類のドラゴンは、ドラゴンの中でも特に寂しがり屋で甘えん坊なため、愛情が不足すると自分の体を傷付けたり、何も食べなくなったりすることがあるそうです。
竜は大人になると広い縄張りが必要となるため、単独で暮らすことが多いのですが、赤ちゃんのうちは常に母親と行動を共にします。大人になる前のこの段階で母親からたっぷりと愛情を受けられない固体は、健康に育たないことが多いそうです。この子は母親から引き離されてしまったので、()わばリューイが母親です。
「あなたはちゃんとこの子の面倒がみられるかしら?」
「大丈夫だよ!」
リューイは胸を張って答えました。が、妖精たちの顔つきは厳しいままです。
「本当にわかっている?」
「うん!大丈夫!」
「…」
妖精たちは()(だま)ってしまいました。人間たちに気紛(きまぐ)れに散々(さんざん)、振り回された二人にはリューイの軽さが気に入りませんでした。
人間は何もわかっていないのです。赤ちゃんドラゴンを育てる難しさも、自分たちの気紛れさや残酷(ざんこく)さも。 でも、この子はもう契約(けいやく)()わしてしまったのです。女王は言いました。「この子を最初の拾った人間がこの子の(しゅ)となるでしょう」と。女王の言葉は何人(なんぴと)たりとも(くつがえ)すことができません。
(しば)しの沈黙の後、おばあちゃんはリューイの肩に手を置きました。
「そうとなったら…」
リューイはおばあちゃんが何を言いたのかすぐに(さっ)しました。
「今すぐ、イノンドを取りに行ってくるよ。」
「そうね、それがいいわね。」
おばあちゃんの顔にも安堵(あんど)の色が浮かんでいました。心配事(しんぱいごと)が一つ減って心が軽くなったリューイは、張り切って出掛けることにしました。

リューイが小川の(ほとり)で、一生懸命、イノンドを刈り集めていると、頭上から物凄(ものすご)くしわがれた猫の鳴き声が聞こえてきました。
とんでもないドラ声です。どんな猫だろうとリューイが見上げると、そこにいたのはベニーでした。そういえば、ベニーのことなどすっかり忘れていました。(ひど)(おび)えたベニーの様子に、リューイの心が痛みました。
「ベニー!」
大きな動物にでも追いかけられて、木に登ったのでしょうか。一体、いつからそこにいるのでしょうか。どれだけ鳴いたらそんな声になるのでしょうか。木の上にいるベニーはまるで(べつ)(ねこ)でした。ご自慢の白くてフサフサとした毛皮も泥だらけになり、目も()り上がり、化け猫のような声を出す口は大きく()けていました。リューイはベニーを安心させるようにできるだけ優しい声を掛けました。
「ベニー、僕だよ、リューイだよ。降りておいて。忘れていてごめんね。」
パニックからリューイのことを認識(にんしき)できなくなっているのか、それとも置き去りにしたリューイを(うら)んでいるのか、ベニーはシャー、シャーとリューイを威嚇(いかく)するばかりで、一向(いっこう)に降りてこようとしません。
皆さんもご(ぞん)じのように、猫の爪は(かぎ)の形になっています。(かぎ)(つめ)は木に登るときはしっかりと木の(みき)に刺さって良いのですが、降りるときはその形状からまったく木に刺さらず、(すべ)るだけで役に立たないのです。そのため、ベニーは降りたくても降りられなくなっていたのでした。
リューイはベニーが木から降りてこないのを見ると、すぐに木によじ登り始めました。木登りは得意(とくい)です。このくらいの木だったらすぐに捕まえらえるでしょう。リューイは楽勝(らくしょう)だと思いました。
しかし、木に登り始めてすぐに、リューイはそう簡単にはベニーを(つか)まえられないことに気が付きました。リューイが登れば登るほど、ベニーは上へ上へと移動してしまいます。とうとうベニーは木の天辺(てっぺん)まで登ってしまいました。ベニーがしがみついている木の枝は非常に細く、ベニーの(おも)みで大きく上下に()れていいます。今にもボキッと折れてしまいそうです。リューイはそっと手を伸ばしました。また少しベニーが枝の先へと移動します。もっと上まで登らないと手が届きません。しかし、これ以上、登るとリューイが(つか)まっている枝も折れてしまいそうです。
――もう少し…
リューイは腕をベニーのほうへと伸ばしました。
そのときです、ポキッという音と共にベニーが(つか)まっていた木の枝が折れました。
「ギャー――ッ!」
物凄(ものすご)い声と共にベニーが流されていきました。
「ああっ!ベニー!」
(あわ)てて手を伸ばしたリューイもまた、川に落ちそうになりました。小川はそれほど深くないはず(はず)ですが、完全にパニックに(おちい)ったベニーは泳ぐこともできず、ただ前足で水面を(はげ)しく(たた)くばかりでした。その動きは完全に(おぼ)れる人のそれでした。大変です!ベニーが(おぼ)れています!どう見ても(おぼ)れています!
「やばい…」
リューイは慌てて木から飛び降りました。地面に着地したときに、お尻を地面に(したた)かに打ち付けましたが、そんなことには構っていられません。ベニーは凄まじい声で鳴きながら流されていきます。
「ギャー――ッ!」
リューイは走り出しましたが、気が()いていたせいか、走り出すや(いな)や、今度は木の根に(つまづ)いてしまいました。
「痛った…」
リューイは痛みを()して走りました。小川だと思っていた川の流れは意外に早く、ベニーとの距離はどんどん開いていきます。行手(いくて)(さえぎ)る大きな石を乗り越えると、数百メートル先のほうで小川が大きな川と合流しているのが見えました。
もう駄目かもしれない。リューイが(あきら)めかけたそのときです。
ドボン!!!
何かが川に飛び込む音が聞こえました。見ると、男の人が流されていくベニーに向かってぐんぐんと泳いで行くではありませんか。男の人はあっという間にベニーに追いつくと、ベニーの首の後ろとむんずと(つか)み、片手でベニーを掴んだまま、もう片方の手で器用(きよう)に泳いで岸まで戻ってきました。
岸に上がった男の人は、暴れるベニーの(くび)()っこを(つか)んだままリューイに差し出しました。()れた長い髪が顔に貼り付いていたために表情はよくわかりませんでしたが、リューイには男の人が微笑(ほほえ)んでいるように感じられました。ベニーを掴んだ大きな手には何本もの蚯蚓(みみず)()れができていました。血も(にじ)んでいます。お礼を言わなければならないのに、呆気(あっけ)にとられるあまり、リューイは言葉が出ませんでした。木の上のベニーを見つけてから川に落ちて救出されるまで、ほんの数分間のできこと(できごと)のように感じました。
「あ、ありがとう…」
ベニーは男の人の手から(のが)れようと、体を(はげ)しく(よじ)りならが、四本の足すべてを使って男の人を引掻(ひっか)こうとしています。男の人の傷をこれ以上、増やすまいとリューイが手を伸ばすと、ベニーがシャーっと言いながら強烈(きょうれつ)な猫パンチを()()してきました。迂闊(うかつ)に手を出せません。ちょっとでも手を(ゆる)めたら、弾丸(だんがん)のようにどこかにすっ()んで行ってしまいそうです。
リューイが躊躇(ためら)っていると、男の人は片方の手だけで器用(きよう)に上着を()いで、それでベニーをグルグル()きにしました。男の人はうねうねと動く上着、もといベニーをリューイにそっと渡してくれました。()れた上着の中からは、ベニーのくぐもった鳴き声が聞こえてきます。その声から(さっ)するに、ベニーは命の恩人(おんじん)微塵(みじん)恩義(おんぎ)を感じていないようでした。
男の人は両手自由になると、顔に()()いた髪を手で()()けました。髪の間から優しそうな茶色の(ひとみ)がのぞき、リューイは一遍(いっぺん)でその人が大好きになりました。だって、男の人は「子供が大好き」という目をしていたのですから。
男の人との距離(きょり)一気(いっき)(ちぢ)まったリューイは、男の人の(そで)()()ると、ベニーに()()かれた傷を手当(てあて)し、()れた服を(かわ)かすために、おばあちゃんの家へと連れて帰りました。

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