16. 白竜と青竜の結婚

ドラゴンの赤ちゃん、拾いました

皆が一安心(ひとあんしん)したところで、おばあちゃんはユストの()れた服を見遣(みや)りました。このままでは風邪をひいてしまいます。見たところ、ユストは背丈(せたけ)がおじいちゃんと同じくらいのようでした。おばあちゃんはユストの為に着替(きが)えと温かいお風呂(ふろ)を準備することにしました。
ユストは着替えを貸してもらえるだけでも十分、有難(ありがた)いと思いましたが、おばあちゃんが「風邪をひかれては困ります」と言い張るので、好意に甘えて風呂も借りることにしました。

ユストにとって(うれ)しい誤算(ごさん)だったのは、バスタブがおじいちゃんの体に合わせて(おお)()でき(でき)ていたことでした。お(かげ)長身(ちょうしん)のユストでも(あし)を伸ばして湯に(つか)かることができました。
暖かいとはいえ、季節は(すで)初秋(しょしゅう)です。()れた身体はすっかり冷え切っていました。長旅(ながたび)の疲れも()まっています。正直(しょうじき)、温かい風呂は最高のご馳走(ちそう)でした。
湯から上がると、ユストは用意されていた着替(きが)えを()()けました。保存(ほぞん)状態(じょうたい)が良いのか、おじいちゃんの服は洗い立てのようにさっぱりとしていました。(そで)を通すときに一瞬、樟脳(しょうのう)の匂いと(とも)日向臭(ひなたくさ)年寄(としよ)りの匂いがしましたが、長年(ながねん)、モルデカイと一緒に暮らしてきたユストにとっては、それは不快(ふかい)な匂いではありませんでした。むしろ、どこか安心する匂いでした。
――きっと優しい人だったんだろうな。
何となくそんな気がしました。

「お(かげ)(さま)()(かえ)った気がします。とても気持ちが良いお風呂でした。お心遣(こころづか)(いた)()ります。」ユストは風呂から上がると、丁重(ていちょう)にお(れい)()べました。
「いえ、いえ、お礼を言うのはこちらのほうですよ。猫を助けてくれてありがとうございました。」
おばあちゃんはユストを見上げると、顔を(ほころ)ばせました。
「ぴったりですね!サイズはどうですか。」
調度(ちょうど)いいみたいです。ありがとうございます。」
おじいちゃんの服は(あつら)えたようにぴったりでした。()こりをしていたおじいちゃんはユストよりも(たくま)しかったのですが、背丈(せたけ)や手足の長さはほぼ同じで、(そで)(すそ)を折り返す必要もありませんでした。
「ユストさんは本当に背が高いのね。あの人の服はウチの息子ですら大き過ぎて着られないんですよ。身長はどのくらいあるの?」
「198㎝です。」
「そうでしょう。そうでしょう。あの人もそのくらいでしたよ。」
おばあちゃんはニコニコしていました。

おばあちゃんが()れてくれた温かいお茶を飲みながら、ユストは赤ちゃん(ドラゴン)が小川の(ほとり)に捨てられた経緯(けいい)を話してくれました。
「あれの母親は(はく)(りゅう)という種類の小型のドラゴンです。小さい頃に青の森で女王に(ひろ)われました。白竜は元来(がんらい)気性(きしょう)(おだ)やかなドラゴンですので、(あれ)の母親は女王の遊び相手として城で飼われることになりました。(さいわ)いにも城の中にはドラゴンを飼うだけの十分なスペースもありました。」
そう言うと、ユストは遠くを見るような目をしました。
(はく)(りゅう)(ひろ)った日、まだ幼かった女王は()(さき)にユストにその子を見せてくれました。
キュピッ!?
女王の腕の中から人懐(ひとなつ)っこい目で見上げる白竜の子に、ユストのハートは一瞬(いっしゅん)()()かれました。
――はうっ!な、なんて、可愛いっ!
白竜の子は人間に対する警戒(けいかい)(しん)(まった)くないようで、女王の腕の中でじっとしていました。ユストが頭を()でてあげると、気持ちが良いのか無音(むおん)に近い鳴き声を(はっ)しました。
――クルルッ
あの頃は二人とも無邪気(むじゃき)でした。二人で笑い合い、走り回った日々をユストは(なつ)かしく思い出しました。こんな日が来るなんて、夢にも思いませんでした。

「白竜は(つばさ)もなく、空も飛べないため、青の国から外へ出たことはありませんでした。しかし、ある日、一頭の(せい)(りゅう)()(くに)に迷い込んで来て、二人は出会い、恋に落ちました。我が国には湖がたくさん(たくさん)ありますので、(あれ)の父親はそれに誘われてやって来たのでしょう。(おそ)らくはキミラ国か、または北方(ほっぽう)のカラン国(あた)りからやって来たのだと思います。ご存知(ぞんじ)かもしれませんが、カラン国は(はる)か北方にある氷と水に閉ざされた国です。」
もちろん、リューイもおばあちゃんもそんな国はご存知(ぞんじ)ありませんでした。

「そして、(あれ)が生まれたのがつい半年ほど前のことです。(あれ)は白竜と青竜の混血(こんけつ)ですし、(おす)ですから、体は母竜よりも大きくなると思います。しかし、実際のところ…」
ユストはそこで一旦(いったん)、言葉を切りました。そして少し考え込んでから、こう話を続けました。
(わたくし)どもには(あれ)がどのようなドラゴンになるのか、見当(けんとう)もつかないのです。なにしろ、白竜と青竜のミックスを見たのは私たちも初めてですから。父親の血を引けば空を飛べるようになるかもしれませんし、母親の血が()ければ(つばさ)があっても飛べないかもしれません。」
ユストはリューイに視線を移すと、リューイの(ひとみ)の奥を(のぞ)()むようにしました。
「青竜は肉食(にくしょく)ですが身体(からだ)が小さいうちは肉を与えず、草食(そうしょく)(じゅう)として育ててください。肉を与えないほうが気性(きしょう)(おだ)やかになり、人間とも()らし(やす)いはずです。」
ユストの話によると、ドラゴンが沢山(たくさん)いたとき代には、竜は種族(しゅぞく)(したが)って分かれて生活していたので血は混じり合わなかったようです。しかし、竜の数が減少するにつれて、次第(しだい)に血が混じり合い、新しい(しゅ)が生まれるようになったそうです。

ユストは(ふところ)から白い布を取り出しました。
「それから、これはあのカゴの中の中に入っていた布ですが…」
「あっ!」
ユストが言い終わらないうちに、リューイは叫びました。
「これっ!見たことある!思い出した!」
リューイは突然(とつぜん)、あの不思議(ふしぎ)な夢を思い出しました。夢の中に出てきた女の人は、この白い布を(にぎ)()めて泣いていました。今の今まで夢を見たことさえ忘れていたというのに、ユストに白い布を見せられた途端(とたん)(いま)しがた夢から()めたばかりように記憶がありありと(よみがえ)りました。
よく見ると、白い布の四隅(よすみ)には青い糸で(かざ)文字(もじ)刺繍(ししゅう)されていました。イニシャルのようでしたが、リューイにはよくわかりませんでした。

リューイがユストに夢の話をすると、ユストは(だま)って(うなず)きました。そして(しばら)く何かを考え込んでいました。
「やはり、リューイさんとあの子には(あさ)からぬ因縁(いんねん)があるようですね。」
ユストは何か納得(なっとく)したようでした。

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