ユストの話が終わると、部屋に静寂が訪れました。皆がそれぞれの思いに深く沈んでいました。
ホー、ホー
家の裏手のほうからフクロウの鳴く声が聞こえてきます。
「あら、フクロウが鳴いている!もう、そんな時間?」
おばあちゃんがそう言って外を見ると、既に陽が半分ほど落ちかけていました。
「たいへん!急いで晩御飯の支度をしなくっちゃ。」
おばあちゃんは椅子から立ち上がりました。心配ばかりしていてもしようがありません。美味しい物でも食べたら、良い知恵も浮かぶかもしれません。
「もうこんな時間ですし、ユストさんも私たちと一緒に夕飯を召し上がりせんか。そうしていただければ、この子も喜びますし。」
「ねえ、そうしようよ!」
リューイがユストの腕を引っ張ります。
ユストがどうしたものかと迷っているうちに、おばあちゃんはユストの返ことも待たずに台所へ行ってしまいました。
「ユストさんは何が食べたい?おばあちゃんのビーフシチューは天下一品だよ!今日、泊まっていくよね?」
子供の話は得てして飛躍しがちです。それはリューイも同じようで、夕食どころか、一泊することまでリューイの中では決定こと項になっているようでした。
――俺は別に野宿でも構わないのだが…
しかし、リューイの期待に満ちた目を見ると無碍に断ることもできないユストでした。
―もう少しここにいても良いかな…悪党どものことも心配だし。
「そうだな。リューイくんがそう言ってくれるなら、一晩だけ泊めてもらおうかな。」
ユストがそうと言うと、リューイは飛び上がって喜びしました。
「やったー!嬉しい!おあばあちゃんのご飯はとっても美味しいんだよ!」
おばあちゃーんと叫びながらリューイは台所へと消えていきました。
台所のほうからリューイとおばあちゃんの賑やかな会話が聞こえてきます。
「おばあちゃん、ユストさんが泊まっていくって!」
「よかったわね。じゃあ、今夜は腕を振るわなくちゃ。」
「おばあちゃんの料理は美味しいから、きっとユストも喜ぶよ。あのね、ご飯を食べたらユストと一緒にゲームをするんだよ!」
いつの間にか呼称が「ユストさん」から「ユスト」に変わっています。
――どうやら、俺はリューイくんの遊び相手に認定されたらしいな。
ユストは苦笑しました。
「そうとわかっていたら、お客さん用の布団を干しておくんだったわ。」
二人の楽しそうな会話はまだまだ続きます。
――善い人達だ…
二人の会話を聞きながら、ユストは胸の中が温かくなるのを感じました。
台所から戻ってきたリューイは、興奮で頬を上気させていました。大きいお兄ちゃんと一晩中、一緒に遊べるというのは少年にとって大事件でした。
「今日はお泊り会だね!」
大はしゃぎです。ユストが苦笑いをしていると、おばあちゃんが台所から出てきました。
「今日は泊っていってくれるんですって?ありがとうございます。この子はずっとお兄ちゃんを欲しかったから、ユストさんがいてくれるのが嬉しくて堪らないんですよ。煩いとは思いますが、我慢してやってくださいね。」
おばあちゃんが話している側から、リューイがユストの背中によじ登っています。ユストは笑いながら頷きました。
――これが普通の家庭というものなのだろうか…
肉親との縁が薄かったユストは、普通の家庭というものを知りませんでした。世間的にはありふれた会話も、ユストには酷く新鮮に感じられました。
二人を見ていると、今までの自分の人生がいかに殺伐としたものであるか思い知らされます。かといって、自分の生き方をそう簡単に変えられるはずもありません。不器用を自認しているユストが窮屈な境涯に身を置いているのも、すべては女王の為でした。知らぬは女王ばかり。
しのぶれど 色に出でけり わが恋は
東洋の古い恋歌を引用するまでもなく、古今東西を問わず恋は御し難い熱病なのです。ユストは隠しているつもりでしたが、宮中でユストの気持ちを知らない者は誰もいませんでした。幼女から年配のご婦人まで、女性であれば誰でも惹きつけずにはおかないユストでしたが、ユストがそんなふうでしたので、誰もアプローチする者はいませんでした。ユストの想い人が女王では、黙って諦めるしかなかったからです。
一晩、お世話になるお礼に、ユストは自ら薪割りを買って出ました。ユストの申し出に、おばあちゃんは予想以上に喜んでくれました。女の一人暮らしにとって、薪割りほど大変な仕ことはなかったからです。おばあちゃんが予想以上に喜んでくれたので、ユストも俄然やる気が出てきました。――ようし!三ヶ月分ぐらいは割っておくか!
ユストは暖炉の横に掛けてある斧を軽々と掴むと、子犬のように纏わり付くリューイを連れて意気揚々と外に出て行きました。
「あなたがいなくなってからいろいろと大変だったけど、男手があるって本当に素晴らしいわね。リューイも懐いているようだし、ずっとここにいてくれないかしら。」
おばあちゃんは天国のおじいちゃんに話し掛けました。
ユストが黙々と薪を割っている間、リューイは積み上げられた薪の上に腰を掛けてその様子を眺めていました。ユストが斧を振り下ろすと、薪は真ん中から綺麗に二つに割れました。いくら見ていても飽きることがありません。
しばらく薪割りを続けると、暑くなったのか、ユストは肩脱ぎになりました。引き締まった上半身と共に幾つもの傷が露わになりました。
――こんなにたくさんの傷…いったい、どうしたらできるんだろ…
リューイは軍人というものがどういう生活をしているのか知りませんでしたが、少なくともリューイのお父さんとはかなり違う生活を送っているらしいということだけはわかりました。
――お父さんとは大違いだなあ。お腹も出ていないし…
リューイは頭の中で冷静にお父さんとユストを比べていました。
リューイのお父さんは至ってのんびりした性格の上に、かなりのインドア派でした。最近では長年の運動不足が祟って、かなりお腹も出てきています。スイカを丸飲みしたようなお父さんのお腹が、リューイはちょっと嫌でした。
やがて完全に陽が落ちましたが、ユストは月明りの下でもペースを落とすことなく薪を割り続けていました。


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