夕食の間も妖精たちは絶え間なくしゃべり続け、おばあちゃんを笑わせたり、感心させたりしていました。今夜の主役は、間違いなくこの二人と言ってよいでしょう。
おばあちゃんは妖精たちのために、マグカップに小皿を載せた小さな簡易テーブルを作ってあげました。妖精たちの椅子はエッグスタンドを逆さにしたものを使いました。ターキー、パン、キッシュ、パイはそれぞれ小さく切って、葉っぱ載せてあげました。ビーフシチュー用には、特別に型押しした葉っぱを使いました。コップはどんぐりの帽子です。妖精サイズのフォークとスプーンは流石に用意できなかったので、爪楊枝を短くカットして作ったお箸を使ってもらうことにしました。
「ごちそうさま。」
「もう、お腹がいっぱい。」
妖精たちは、食事の途中で立ち上がるとパラパラと膝の上に落ちたパン屑を払いました。おばあちゃんはふと妖精たちが着ている服に目を留めました。改めて見ると、なかなか完成度の高い作品です。
「素敵なドレスね。」
「でしょ?自分で作ったのよ。」
キキはドレスがよく見えるようにと、クルッと一回転してみせました。
「このサッシュは、一番のお気に入りなの。」
リンは得意気に小鼻をヒクヒクさせながら、ウエストの黄色いリボンを摘まんでみせました。
「素敵でしょ。女王様から貰ったのよ。」
実際には、貰ったのではなく、ドレスの仮縫いの場にそっと忍び込んで端切れを失敬してきたのですが、リンの中ではいつの間にか貰ったことになっているようです。
妖精たちはユストと一緒に初めてスクエアード城に来て日からずっと城の中に棲んでいましたので、城の中のことは隅から隅まで知り尽くしていました。城の中には(特に女王の周りには)、キラキラ光る綺麗な物がたくさんありましたし、甘いお菓子もふんだんにありましたので、二人共、スクエアード城と女王が大好きでした。
実は、黒魔術師たちが攻め込んできた夜も二人はこっそり厨房の戸棚の中に侵入し、甘いお菓子を盗み食いしていたのです。お菓子をたらふく食べた二人は、眠くなってそのまま戸棚の中で寝てしまいました。そして、人間に見つからないようにと戸棚の戸を閉めて眠っていたのが仇となり、騒ぎに気付くのが遅れ、戦いに巻き込まれ、気付いたらユストと一緒に異世界に飛ばされていたのです。
二人ともユストに罪はないのはわかっていましたが、快適な城内から荒野に放り出されたことが気に入らず、道中、やたらとユストに食って掛かっていました。やり場のない怒りをユストにぶつけることで鬱憤を晴らしていたのでしょう。
皆より先に食事を終えた妖精たちは、眠くなったのか盛んにあくびを始めました。今日一日、本当にいろいろなことがありました。旅の疲れも出たのでしょう。
「二人とも今日は疲れたでしょう。今、お布団を用意するからちょっと待ってね。」
おばあちゃんは食事を中断すると、二人のためにお布団を用意することにしました。寝室のクローゼットの扉を開いて、その中にしまい込まれた様々なものを眺めながら、考えます。
――今から二人分の布団を縫うのは時間が掛かり過ぎるわね。何か代わりになる物を探さなきゃ。二人とも、普段はどんな所で寝ているのかしら。
遥か遠い昔、まだおばあちゃんが子供だった頃、妖精が花の中で眠っている絵を見たような気がします。しかし、あれはファンタジーの中だけの話でしょう。花よりももっと寝やすい場所を用意してあげなければなりません。
――女の子でもいれば、お人形さんのベッドでもあったかもしれないけど、うちは男の子ばかりだったし…
おばあちゃんはクローゼットの中を漁りながら、自分が子供の頃、大切にしていた人形の家を思い出していました。
「あっ、これは使えそうね!」
おばあちゃんはふいに声を上げました。古い箱の中から出てきたのは、おばあちゃんたちの結婚式で使ったリングピローでした。何十年もしまい込んでいたので、かなり樟脳の匂いが強いですが、サイズ的には妖精たちにぴったりです。
――どんな小さな物でも捨てたりせずに大切にとっておくものね。あの人の服も役に立ったし。
亡くなったおじいちゃんは大きな声など出したことのないとても穏やかな人でした。贅沢とは無縁の生活でしたが、家の中にはいつも笑顔がありました。
おじいちゃんが失業したときや、子供たちが病気になったときは本当に大変でしたが、けれども互いに思いやりを忘れず、支え合い、協力し合えれば大抵のことは乗り越えられるものだとおじいちゃんが証明してくれました。
――あなたと一緒になれて私は幸せでしたよ。
おばあちゃんは心の中でおじいちゃんにそう話し掛けました。
たしか、ウエディングドレスもどこかにしまってあるはずです。探せば昔の写真もたくさん出てくるはずです。おばあちゃんは暫し、思い出に浸っていましたが、やがて自分が何をしに来たかを思いだし、再び妖精のベッドに使えそうな物を探し始めました。
「ああ、そうだわ――」
おばあちゃんは独り言を言うと、小さい引出から青い箱を取り出しました。箱の中にはたくさんのリボンが整然と並べてありました。
――あとで二人にあげましょう。二人ともお洒落さんだからきっと喜んでくれるに違いないわ。
おばあちゃんはウフフッと忍び笑いを漏らしました。
「ええっと、それから…」
おばあちゃんは背伸びをして箪笥の上に載せてあったピンクの空き箱を手に取りました。中にはレースのハンカチが何枚かしまわれていました。ハンカチは掛布団の代わりに使うことにします。
「枕もいるわね…」
そう言いながら、おばあちゃんは別の箱を開け、中からラベンダーの種が詰まったポプリを取り出しました。ポプリは枕の代わりにするつもりです。
「これでよし!」
おばあちゃんは完成したベッドを満足そうに眺めました。
時計を見ると、もう30分以上経っていました。
――あらやだ、もうこんな時間?!キキちゃんとリンちゃんはまだ起きているかしら。
おばあちゃんはベッドを抱えて、急いで居間に戻りました。
妖精たちはまだ起きて、待っていてくれました。二人ともおばあちゃんが作ったベッドを見た途端、大喜びしました。
「きゃあっ、素敵っ!ずっとこんなベッドが欲しかったのよ!」
「可愛いっ!レースもいっぱいでお姫様になったみたい!」
妖精たちは即席のベッドが甚く気に入ったようで、早速、ベッドの上に飛び乗ると、ポンポンと飛び跳ね始めました。二人は暫くそうやって遊んでいましたが、やがて電池が切れたようにパタッと動かなくなりました。
おばあちゃんがそっと覗き込んでみると、既に二人は夢の中でした。どんな夢を見ているのでしょうか。二人の顔には笑みが浮かんでいました。
おばあちゃんは、妖精たちのベッドをそっと持ち上げると寝室まで運び、ベニーに襲われないようにそっと扉を閉めました。


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